第三十九話 教会と孤児院と塩漬けの依頼



「院長、壊れた机なんかはどこに運べばいい?」


「ええと……、それは裏庭の物置にお願いしますサイラス殿。後日大工を呼んで修理をお願いしますので……」


「シスター、台所の清掃が完了しました。ご確認をお願いします」


「も、もうですか!? 今行きます……!」



 俺達は現在ハンターギルドの依頼で、ピマーンの街の教会と、そこに付属している孤児院の清掃作業をしている。まあ依頼とはいえ実質的には奉仕ボランティアの側面が強く、報酬も割に合わないと敬遠されていた、いわゆる〝塩漬け〟のたぐいの依頼だ。


 路銀が必要な俺達にとっても実入りの良い仕事とはお世辞にも言えないが、こんな依頼を受けた理由がちゃんと有るのだ。



「本当に、来ていただけて感謝します。貴方のような歳若いハンターのお方にとって、こんな依頼など退屈で面倒なだけでしょうに……」



 孤児院の院長兼、教会の管理責任者だというこの老婆は、名をバーバラと言った。

 歳はおよそ六十七、八歳といったところか。シワの刻まれた柔和そうな顔をした、修道女の衣服を纏ったバーバラ。脚が悪いらしく、頑丈そうな木でできた杖を突いている。



「良いんだ。俺達のランクアップのためでもあるんだしな」



 理由の一つ目がソレだ。


 ハンターのランクは、その者にとって適正な依頼を受けられるように、という目的があって付けられている。

 危険過ぎる依頼を受けたりしてハンターが死んでしまわないようにとか、失敗を防ぎハンターギルドの信用を損なわないためだったりだな。


 子供ニーナを抱えた俺達はむしろ危険を避けるべきだとは思うが、場所によっては相応のランクが無ければ立ち入りすらできない所もあるのだ。例えば、このピマーンの街の近くにある森林地帯、通称〝木霊こだまの森〟のような場所だな。


 俺達はディーコンの街滞在中は、主に薬草採取で収入を得ていた。そしてこのピマーンの街でも同様に稼ごうと思ったら、薬草の宝庫であるその森は、Eランク以上のハンターにしか立ち入りを許されていなかったのだ。

 草原もあるにはあるのだが、そちらで採れる薬草類は一種類のみ。それもそう豊富には生えていないとのことだった。


 薬草採取の依頼を受けたくても、そもそも森に入れなきゃ受けようもないということで、俺達は必須となる一つ上の階級のEランクを、まずは目指すことにしたのだ。



「Eランクへの昇格条件として、討伐系の依頼と奉仕系の依頼をこなす必要があったんだからな。しばらく引き受けてもらえてなかったんだろ? なら問題ないじゃないか」


「そ、それはそうですが、なにもわざわざ私共の依頼を受けなくても良かったのでは……」


「まあそうなんだけどな。だけど俺としてもお願いしたいことがあったんでな、この依頼は渡りに舟だったんだよ」


「はぁ……?」



 いぶかしむ様子のバーバラ院長に苦笑を返すと、俺は孤児院の子供達と一緒に雑巾がけを頑張っているニーナを見る。院長もそれに釣られて、しかし優しい目をして子供達の様子を一緒に眺め始めた。



「見ての通り、俺達は子連れで旅をしている。極力危険の無いように、あの子を独りにしないように、安全な薬草採取ばかりやって路銀を稼いできたんだが、この街ではそもそも森に入ること自体が危険とされている。そんな所にあの子を連れては行けないんだ」


「そうですね……。森の浅い部分は警備隊やハンターの方々が定期的に魔物を間引いていますが、子供にはさすがに危険過ぎますね……」


「そこでだ。俺とアンネロッテが森に入る間、ニーナをこちらで預かってほしいと思ってな。もちろん貴女に押し付けて姿を暗ますつもりもないし、心付けの寄付も色々と考えてはいる」


「なるほど、それで当院の依頼を……」


「納得してくれたか? そしてこれは心からの願いだ。あの子が自立できるまで、俺はあの子を護ると誓ったんだ。だが先立つものが無ければそれすらできない。どうか、森に入る時はあの子をここで見てやってくれないだろうか?」



 これが、理由の二つ目だ。


 依頼の間ニーナを任せておければ、ランクが低くともより身入りの良い討伐系の依頼も受けられる。


 森に危険が少なければディーコンの街の時のように一緒に連れても行けたのだが、それが叶わない以上はあの子を留守番させることになる。毎回一人で留守番させるのも心配だし、かと言って俺かアンネのどちらかが残っては森に入るもう一人が危険になる。


 そんな悩みを解決出来るだろうと目を付けたのが、この教会と孤児院なのだ。

 言ってみれば敬遠され続けてきた依頼をこなして恩を売り、こちらの願いを聞いてもらうという非常に打算的な考えだったのだが、しかしニーナを危険な目に遭わせたくないのは本心だ。


 そしてその本心からの〝願い〟は、俺の持つスキルにも聞き届けられた。



《心よりの誠意ある嘆願を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》



 こうなるだろうことは予測していた。俺のニーナの安全を願う気持ちは本当だし、彼女のためにも、そしてもちろん俺達のためにも良い依頼を受けて稼ぎたいのも本心だ。


 、俺はスキルが発動するであろうことを見越して、真っ先に行い、磨き上げてある。


 ……いいじゃないか! 屋内での【土下座】の時くらい、額に大怪我したくなかったんだよ!!


 そうして俺の身体は、スキルによって支配されたのだった――――




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る