第三十八話 爽やかな朝と【土下座】の謎



 そもそも〝スキル〟とは、魔法のように明確に研究が進められている訳ではない。


 一説ではこの世界を創り出し管理する神が、その者の努力や研鑽に応じ、より高みを目指すよう授けるものだと言われている。

 【剣術】スキルなら剣の修行をするといった具合に、それぞれの分野に関係する行動を繰り返すことで得られるというのが、この世界での常識的な考えだ。


 それに対し、〝ユニークスキル〟というものが存在する。

 唯一無二の才能、〝神の祝福〟とも言われるそれらが語られる多くは、伝承や伝説の中の偉人と共に在る。


 最もポピュラーなもので言えば、この国の子供なら誰もが聞かされる伝説の、〝勇者〟が持っていたとされるユニークスキル【光臨こうりん】だろう。

 陽の光を魔力に変え無限に扱えるというのだから、確かに神の祝福と言われるのも納得な破格の性能だ。


 そんな勇者が持つスキルと同格に位置している、俺が授かったユニークスキル【土下座】。


 ……正直同列扱いしても良いものかとも思うが、まあそこは一旦置いておこう。

 このスキルには多数の派生スキルが包括されているようで、これまでも『条件を満たした』としていくつかバリエーションが追加されてきた。そこから整理していこう。


 まずは基本となる【土下座】だな。最初に発現したのは、父上にこれまでの俺の悪行を叱責され、折檻されていた時だった。意識を飛ばした際に前世の記憶が蘇り、己の行いにどれだけ父上が心を痛め悲しんでいたか理解し、口を衝いて出た〝謝罪の言葉〟によって発動したんだ。


 前世の四ノ宮しのみや夏月かつきの記憶により、日本人が行う最上級の謝罪の所作だということはすぐに理解できた。


 膝を揃えて着いて座る〝正座〟という姿勢から、両手を地に着き頭を下げる。首根の急所を相手に晒し、誠意の表れとする所作だな。〝平身低頭〟か、なるほど。相手に命を委ねるほどの覚悟と誠意を示すのであれば、確かにこれは最上級の謝罪足り得るのだろう。



「発動条件は〝心からの誠意ある謝罪〟を口にすること。もしくは〝嘆願〟でも発動したな」



 あの憎たらしいほど淡々としたアナウンスの文言を思い出す。一度だけ、それもごく最近に〝感謝〟でも発動した気がするが……それは考えないようにしておこう。



「で、上位スキルとやらからが色々おかしいんだよなぁ……」



 ユニークスキル【土下座】の派生スキルである、上位スキル【スライディング土下座】。【土下座】という点からしてすでに意味不明だ。


 初めて発現したのは森に薬草を採りに行った時。ホブゴブリン率いるゴブリンの群れとの戦闘中だったな。

 スライディングの名の通り、【土下座】したまま勢いよく地面を滑り、頭頂から突っ込むスキルだった。


 アナウンスが言っていた〝条件〟とは何なのだろうか? 謝罪の言葉は確かにあの時も口にした。アンネを危険に晒したあげく戦闘中に危機に陥り、本心から済まないと思ったからな。……ん?



「戦闘中……戦闘用スキル…………まさか、〝魔力〟か?」



 確かに【スライディング土下座】の時も、さらにその上位スキル【ジャンピング土下座】の時も戦闘中で、魔法を織り交ぜて戦う俺は常時魔力を放出していた。なるほど、〝魔力を放出して謝罪〟という条件なのかもしれないな。


 そしてさらに謎を深めるのは、ブロスという格上のハンターと戦った際に【ジャンピング土下座】と共に発現した【コンバット・土下座・プログラム】……略して【C・D・P】だ。


 これまでも【土下座】発動の度に身体を操られ、勝手に動かされてはきたが、それらと明確に違うのは、ということ。

 回避と防御だけでなく、魔法まで勝手に発動するスキルなんて、見たことも聞いたこともない。



「あの時はブロスの卑怯な手で負傷していて、かなり不利な状況だったんだよな……」



 あの時アナウンスは『身体状況をスキャン』と、『状況イエロー』と確かに言っていた。

 前世の記憶を探れば、状況判断に色を用いる場合は〝青・黄・赤〟の三段階が多い。つまりあの時の俺は〝常態警戒危険〟で言えば〝警戒〟すべき状況にあったわけだな。


 ……満足に戦えるように、効率よく勝利するために授けられた? いや誰にだよ?


 神か? そうは言ってもこの世界に……少なくともこの国に【土下座】なんてものは無かったはず。この世界の神が授けたと言われても、納得するには弱い気がする。

 それに前世の記憶だ。今まで生きてきて影も形も現さなかったユニークスキルが急に発現したのは、前世の俺――四ノ宮夏月の記憶を思い出してから、という点も気になる。もしかしたらユニークスキルの発現には、前世の記憶や経験が必要なのではないか、と。


 そしてその疑惑は次に発現したスキルである【土下連座】によってさらに深まる。

 通常の【土下座】を連続して繰り出し謝罪する、スキル【土下連座】。アナウンスによると『畏怖の低下率を上げるため』に用いられたな。

 いや、あれってば明らかに相手を困惑させて力技で解決したようにしか感じられないんだがな……。まあ、結果としてシャロンには謝意と誠意を伝えられたのだから、良しとしよう。正直あの砂利から地面の二段階上昇する痛みは思い出したくもないからな。



「あの時、確かに四ノ宮夏月の記憶は【土下連座】に反応していた。〝土下座衛門ドゲザエモン流中伝秘奥〟だとか、〝たまに披露した〟記憶だとかが確かにあったんだ。つまり、ユニークスキルは前世に繋がりがある……?」



 正直、ますます謎は深まるばかりだった。

 木製の旅用コップの中身は空になり、朝の空気が階下の食堂や厨房から食欲をそそる香りを運んでくる。



「んん……はっ!? さ、サイラス様!? おはようございます! 主より長く寝ているなんて、とんだ失態を……!」


「んうー? あー、お兄ちゃんおはよー! 早起きさんだねー」



 その香りに、俺の旅の仲間達が目を覚ましたようだ。


 考察はここまでだな。


 これからも恐らく、この謎のスキル【土下座】はおかしなことばかり巻き起こすことだろう。もちろん、俺の痛みと引き換えに。

 だけどまあ、普通の【土下座】にしても戦闘用の【土下座】にしても、たとえ苦痛を伴ったとしても、それによって俺が今まで助けられてきたというその事実は変わらない。


 それに最後に浮かんだ疑惑の通り、ユニークスキルが前世の俺に関わりがあるというのならば。

 前世で散々に虐げられ、理不尽に命を落とした四ノ宮夏月の、その無念や悔恨が込められたスキルであるのならば尚のこと。それをこうして今世の俺が、使うことは、何よりも、前世の彼の魂を慰めることに繋がるのではないか。


 そんなことをふと、思ったりもしたんだ。



「おはよう二人とも。気にするなよアンネ、たまたま俺が早く起きただけなんだから。さあ、顔を洗って朝食にしよう。今日はこのピマーンの街のハンターギルドを見に行くんだからな」


「は、はい、サイラス様っ」


「はーい♪」



 今日も良く晴れているな。基本的には雨の日はニーナも居ることだし大人しくしているんだが、路銀のことも考えないとだから、しっかり働かないとな。……昨日結構使ったし。


 さてさて、この街では一体どんな冒険が待ってるんだろう?




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