第三十七話 四ノ宮夏月の記憶と土下座



「この度は、大変申し訳ありませんでしたっ!! 今後はこのような事の無いよう、社内でも問題究明と解決に全力で取り組みます! ですので、どうか……!!」


「いやいやいやいや四ノ宮しのみやさぁん……! 『ごめん』で済んだら今までの数多くの話し合いは、一体何だったんでしょうかねぇ? おたくらの不手際でこのプロジェクトにどんだけ遅延が発生してると思ってるんですかぁ!? コッチは損害賠償求めて訴訟起こしたっていいんですよぉ!?」


「な、なにとぞ……っ!! 担当者には最優先でと、問題箇所の修正・改善を申し付けておりますので、もうしばらく……あと一週間だけお時間を頂けませんでしょうかッ!! どうか……どうかっ!!」



 硬いフロアに額を打ち付け、同僚の仕出かした手違いを謝罪する。床にこすり付けた頭の上から、取引先の社員の罵倒する声が降り注いでくる。


 これが俺こと、四ノ宮夏月かつきの日常だ。

 ちなみにこれは余談だが、こういった謝罪に赴く際に持参する手土産は、全て自費でまかなっていたりもする。


 社畜、謝罪要員、土下座課長、土下座衛門ドゲザエモン……。数々の蔑称は、課長職に在りながらも俺の社内での地位を明確に表していた。

 上司の手抜かりを謝罪し、同僚の発注ミスを陳謝し、部下のプレゼンの不手際を深謝し、新人のケアレスミスの責任を肩代わりして上司にどやされる。


 得意先も、上司も、同期も、後輩や新人ですらも。

 皆俺の姿を観て指を差し、異口同音に蔑みながら、こう言うのだ。


 『ああはなりたくないね』と――――





 ◆





 鎧戸の隙間から差し込む、朝の明かりに薄目を開ける。


 ボンヤリと視界が滲んでいるな。

 指を目元に持っていくと、わずかに指先が濡れるのが分かった。



「今の夢は……前世の、四ノ宮夏月の記憶か……」



 なんとも胸糞悪い記憶だった。

 この俺、サイラス・ヴァン・シャムールに蘇った前世の日本人の――四ノ宮夏月の記憶が、まるで自分の事のように生々しく脳内で再生される。


 いや。間違いなく俺の記憶なのだ。


 前世の四ノ宮夏月と、今世の俺。

 〝社畜〟であった夏月も、〝公爵家の三男〟であるこの俺も。まるで光と影のように表裏一体で、そのどちらもが〝今の俺〟なんだろう。



「ははっ、ワケ分かんねぇな……」



 朝からネガティブな気分で頭を掻き、室内に設えられた他の二つのベッドを見やる。

 そこには幼い頃に俺が保護し、それから共に育ってきたアンネ……アンネロッテと、盗賊に家族を殺され囚われていた少女ニーナが、まだすやすやと寝息を立てていた。


 昨日はこの街に着いて早々に、買い物をしたり外食をしたりと動き回ったしな。

 それだけでなくも起こったし、謝罪した娘シャロンの働く酒場では美味い料理もたらふく食べたんだ。数日間の野営生活の緊張が解けてぐっすりなのも、まあ無理はないよな。


 俺は二人を起こさないように気を付けながらベッドから抜け出し、鎧戸を開ける。

 窓際に置かれた机に腰掛け、荷物から取り出したコップに魔法で水を注いだ。


 二つ目……まだ二つ目だ。

 領都から旅立ち謝罪の旅を始めてから……まだ、たった二つ目の街。


 コップの水で喉を湿めらせながら、それでも濃密だったここまでの旅を振り返る。


 盗賊とも魔物とも戦ったし、人を助けたり命懸けの喧嘩をしたり。

 謝罪を受け入れてくれた人達、願いを聞いてくれた人達、俺達を支えてくれた人達の顔の、そのどれもをハッキリと鮮明に覚えている。


 領都の道具屋の店主、ゴンザレスさんは元気だろうか。

 ディーコンの街の受付嬢のセシリアや、鍛冶屋のセルジオさん、薬屋のシガーニーさん達は、変わらずに過ごしているだろうか……。


 〝一期一会〟……? ふと前世の記憶から、そんな言葉が浮かんでくる。


 なるほど、確かにそうかもな。今まで出会ってきた全ての人達と多少なりとも縁を結べたことは、まさにこの一期一会という言葉がしっくりくる。

 〝一生に二度とはない事と心得る〟……か。深い含蓄のある良い言葉だ。


 そんな貴重な出会いと別れをもたらしてくれたのは、もちろん前世の四ノ宮夏月の記憶が蘇ったことも大きな要因だったのだが、やはりの存在が占めるところが大きいだろう。


 そう。俺が授かった謎の力、ユニークスキル【土下座】のことだ。


 前世の記憶と共に目覚めたこのスキルには、今のところ謎しかない。

 調べようにも何から手を着けて良いかも検討も付かないし、そもそもユニークスキルなんて伝説級のシロモノを、どうして俺なんかが手に入れることができたのかすら分からない。


 さりとて、悶々とした思いは蓄積するもので。

 俺は二人が目覚めるまでの間、また寝直すのももったいない気がして、この謎のスキルについて考察することにしたのだ。




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