第三十五話 連なる痛みと刻む決意



《【土下連座】発動中は謝罪の言葉を切らさないようにしてください。たとえ謝罪を続けてください》



 不吉なアナウンスに口の端が引きる。とは言ってもすでにスキルの支配下にある俺の身体は、もう俺の意思では動かせないんだが。



「公子さま……!?」


「はっ……!」



 そんな俺を見詰める目の前の女性……シャロンの困惑した顔が視界に入り、我に返る。

 そうだ。たとえ痛みを伴おうとも、俺は過去の自らが犯した過ちを謝罪し、精算しなくてはいけないんだ……! 何が不吉な予感だ。そんなの、前世の記憶が甦った最初からじゃないか!!



「本当に、済まなかった……!」


《【土下連座】シークエンスを発動します。レッツ・シェケナヘッド》



 最初の【土下座】の痛みは自動回復で消えかかってはいたが、そんなものは気休めにしかならない。

 そう、なぜなら――――



 ――――グシャアッ!!



「ぐっ、〜〜〜〜ッ!!」


「公子さまぁッ!!??」



 謝罪の言葉を再び口にした俺の頭は、スキルによって再び水場の砂利に叩き付けられた。


 【土下連座】……字の如く、〝連続して【土下座】をする〟という上位スキルなんだろう。再び走る額の激痛に悶えながらも、自由を許されている思考の中で考察する。

 逆に言えば自由にならない俺の頭は再び地面から持ち上げられ、シャロンに目線を合わせられる高さまで戻された。


 まだ……というのか……ッ!!



「俺の頭で良いのならいくらでも下げるっ」


《イエス・シェケナヘッド》



 ――――ズシャアッ!!



「ここここ、公子さまッ……!? ちょ、待っ……!!?」



 あぐ、あああああッ!!! 痛い、痛い、痛いぃぃぃッッ!!

 細かい砂利が割れた額にメリ込んでくるぅッ!! 傷が有ろうが無かろうがいつも容赦の欠片も無く叩き付けやがって……!! こんなのを前世の俺――四ノ宮しのみや夏月かつきは毎回やってたっていうのか……!?


 未体験の三連続【土下座】に必死に歯を食いしばって耐えきるが、無慈悲にも再び俺の頭は持ち上げられた。


 痛みにチカチカする俺の目線の先には、顔を青くして困惑するシャロンの姿。

 いやこれかえって萎縮させてないか? と思わなくもなかったが、スキルがまだ不充分と判断するなら……やるしかない……んだよなぁ……ッ!!?



「君が味わった恐怖や痛みには及ばないだろうが、これが俺なりの誠意と謝罪なんだ! どうか、受け取ってくれ……っ!!」


《エクセレント。レッツ・ワンモア・シェケナヘッド》



 ――――ゴシャアッ!!



 あがァァァァァァッッ!!! 硬いぃいいいい!? 痛いぃぃいいいいいいぃぃッ!!??


 度重なる【土下座】のせいで敷かれた砂利は飛び散り、なんと剥き出しの地面になっていた。そこに散々さんざっぱら砂利をメリ込ませた額を打ち付けたせいで、俺の感じる激痛はさらに一段階昇華され、形容しがたい痛みとなって額を襲う。


 もうね、訳が分からない。

 痛みで意識が飛びそうなのに、スキルの支配力のせいなのか思考は全くもってクリアなまま。そんな状態で冷静に、額の惨状をありありと認識するって、一体何の罰だよ!? はい、俺の過去の所業のせいでしたねすいませんッ!!



「もうッ……もうやめてくださいッ!? そんなに頭を打ったら……公子さまのお命が……ッ!?」


《スキル【土下連座】の効果波及を確認。対象:シャロンの畏怖が完全に消失しました。困惑が臨界突破。敵意、害意は感知されませんでした。解析報告を終了します》



 この世のものとは思えない痛みに必死で耐える俺の耳に、俺の頭の中に。シャロンの悲痛な声と、いっそ清々しいほど平坦なアナウンスの声が響いた。

 そう認識した瞬間俺はスキルの支配から解き放たれ、身体に自由が戻ったのを自覚して顔を上げた。



「もう、もう充分ですから……ッ! こ、公子さまは悪くないですからっ! 私はもうホントに、ホントに大丈夫ですからぁッ!!」



 瞳に涙を浮かべ、顔を真っ青にしながら俺に駆け寄って身体を起こそうとするシャロン。

 ……優しいなんだな。こんな優しい子を過去の俺は、取り巻き共は酷い目に遭わせたのか……。本当に、過去に戻って愚か過ぎた自分を殴り飛ばしてやりたい気分だ。



「そう……か。本当に済まなかった。血が服に着いちゃマズイだろう。ちょっと顔を洗わせてくれ」



 助け起こそうとするシャロンを下がらせ、痛みをこらえながらよろよろと立ち上がる。

 しかし。


 繰り返し振られた頭部の。度重なり打ち付けられた痛みの、流れ出て失った血のせいで、俺は思わずフラついてしまった。

 そんな俺が転ばないように咄嗟に支えてくれたのは、他ならぬ謝罪相手であったシャロンだった。



「こ、公子さまはここで座っていてくださいっ! 私がお水をんできますから!」


「ああ……すまない……。何から何まで、本当に申し訳ない……」



 未だ痛む額を押さえて、俺はワタワタと井戸から桶に水を汲むシャロンを、しばし眺めていた。


 しかしそうか。

 たとえ俺自身が手を下したわけではないにしろ、こうしてあの頃の俺のせいで、公爵家の子息である俺の影響力のせいで、酷い目や不幸に見舞われた人も存在しているんだな……。


 これは予想していたよりも、ずっと深刻な事に思えた。


 何しろ我が家門〝シャムール公爵家〟は、この〝ラウンディア王国〟において四家しか無い公爵家の一角であり、古くは国王や王妃まで輩出したこともある歴史ある家門だ。

 その影響力は計り知れず、俺のような若造であってもその家名でもって、大抵の人間に命令を下せるような立場にある。


 だからこそ過去の俺は調子に乗っていたのだろうが……その結果がシャロンだ。

 俺の影響力を笠に着た、俺の同類達が。権力を持つ愚か者達が、こうして俺の知らない所でも不幸を増やしていたんだ。


 本当に、過去の自暴自棄だった俺を殴り飛ばしてやりたい。

 父上から受けた折檻せっかんだって、今の俺からしたら生ぬるいと感じてしまうほどに……。


 まだだ。まだ足りない。

 まだ旅も始まったばかり。俺が謝罪をしないといけない人は、まだまだ沢山居るだろう。


 ――――過去の愚行を謝罪し、俺が貶めた公爵家の名誉を取り戻す。

 改めて俺はこの旅の最重要目的を思い出し、その難易度の高さを思い知らされた。


 だがそれと同時に。

 是が非でも。何があろうとも、この旅は完遂しなければと。そう改めて決意を、胸に刻み込んだんだ。




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