第三十四話 食事の前に、うがい・手洗い・【土下座】
「お嬢さん、共同井戸に案内してくれないか? なにぶん今日この街に着いたばかりで、地理に明るくないんだ」
口に人差し指を当て身振りで騒がないよう釘を刺し、女性を助け起こすために手を伸ばす。
肩に手が触れるが、その肩は酷く震えていた。よほど酷い目に遭わせてしまったらしい。
「(何も酷いことはしないと〝シャムール〟の家名に誓う。人気の無い所で話がしたいだけなんだ。頼む、連れて行ってくれ)」
そう小声で女性に伝えて、たどたどしく身体を起こすのを手伝う。
アンネとニーナに先に注文して食事を始めるよう伝えてから、顔を真っ青にして俺の言葉に従う女性と共に店の勝手口へと向かう。
「店主、済まないが昔馴染みなんだ。少しだけ彼女と話をさせてくれ」
革袋の財布から金貨を一枚取り出し、気色ばんで立ち塞がろうとする店主に握らせる。
ただ彼女を雇っているだけなのか、チップを握らせた店主はすぐに態度を改めて、厨房へと引き返していった。
どうやらこの店のすぐ裏が共同井戸のある場所だったようで、勝手口から裏庭に出た俺達二人は井戸の幅ほどの距離を置いて、向かい合っていた。
「名前を尋ねても良いか?」
俺の言葉に肩を震わせる女性。店から漏れ出る明かりに照らされたその顔は酷く
「し、シャロン……です」
「そうか、シャロンというのか」
記憶を
だが俺が取り巻き共を引き連れ、領都で粗暴の限りを尽くしていたのは事実。その行為によって取り巻きの増長を招き、結果彼女は調子に乗ったそいつらのせいで酷い目に遭ったんだろう。ならば、それは間違いなく俺の罪なのだ。
「済まなかった」
「…………え……?」
シャロンの動揺に揺れる瞳を真っ直ぐに見詰め、そう言葉を発する。その瞬間、俺の脳裏にはいつものアナウンスが響いた。
《心よりの誠意ある謝罪を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします。条件を満たしました。ユニークスキル【土下座】の熟練度が一定に達したため、上位スキル【土下連座】をアンロック、並びにアクティベートします》
服屋で発動した時とはまた違う文言のアナウンスに、いつもながら俺は困惑する。
なんなんだよ、【土下連座】って……!?
ここのところの戦闘用スキルのせいで完全に疑心暗鬼に陥っていた俺だが、毎度のことながら俺の身体はスキルによって支配され、その所作をなぞっていく。
シャロンに向かい背筋を伸ばし、真っ直ぐに地面に膝を着く。水場ということもあり、辺り一面に敷き詰められた砂利が膝に刺さってとても痛い……ッ!
――――グシャアッ!!
っぐ、ぁあああああああッ!! 細かい
慣れというのは恐ろしいもので、【土下座】を繰り返してきたことで、激痛に耐えながらも額の状態をしっかりと把握出来てしまってとても辛い!
そしてそんな俺の頭の中に、いつもの憎々しいアナウンスが響く。
「こここ、公子さま……ッ!?」
《ユニークスキル【土下座】の効果波及を確認。対象:シャロンの困惑が二九%、畏怖が四六%上昇しました。敵意は感知されませんでした。謝意を伝えるには畏怖を取り除いてください》
薬師のシガーニーさんの時と同じだ。俺という存在に対する恐怖と、未知なる【土下座】という行動への恐怖によって、俺の謝意が伝わり難くなっているんだな……。そう考えながらも首から上が自由になったのを感じ取った俺は、顔を上げてシャロンの顔を見上げる。
「ぐ……ッ! こ、怖がらないでくれっ、これは謝罪なんだ」
「え……?」
俺はシャロンに恐怖心を与えないよう、できるだけ優しい声を意識しながら語り掛ける。
「……粗暴に、勝手気ままに振る舞っていた俺のせいで、過去に俺に
「こ、公子さま……!?」
シャロンの瞳を見詰めていると、なんとなくだが険というか、俺への悪感情が込もっていたのが薄らいだように感じた。しかしそんな時――――
《ユニークスキル【土下座】の効果の追加波及を確認。対象:シャロンの困惑が一六%上昇、畏怖が一〇%低下。畏怖の低下率を上げるため、サードスキル【土下連座】シークエンスに移行します》
……は? だから何なんだ【土下連座】とは?
訳が分からず困惑する俺に、アナウンスは無情で非情な宣言を続けた。
《【土下連座】発動中は謝罪の言葉を切らさないようにしてください。たとえ
嫌な予感しかしない……!!
アナウンスと共に大体の
ん? 〝たまに披露した〟? 〝秘奥義の一つ〟?
いや待て待て前世の俺!? そもそもなんで【土下座】にこんなにバリエーションがあるんだよ!?
〝
まずいまずい!?
そう思いながらも、俺の首から上……口以外の動きは、再びスキルによって支配されたのだった――――
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