第三十三話 ご機嫌斜めな従者
「…………っ!」
「なあ、いい加減機嫌を治してくれよアンネ」
俺達は夕焼けに染まる空の下、ピマーンの街の大通りを三人並んで歩いていた。
俺の右手は新しい服を着てご機嫌なニーナと繋がれており、そして左側には
なぜアンネが怒ってるのかというと、先ほど服を購入した店での事が原因だ。試着室で着替えをしているアンネのあられもない姿を、事故とはいえ俺が見てしまったからだ。
必死に謝り、俺が持つユニークスキル【土下座】まで発動する大騒ぎにまで発展してしまったため、俺はアンネが選んだ二着と、ニーナが選んだ二着の衣服を店主の女性への詫びとして購入し、そそくさと店を後にしてきた。
そんな新しい衣服を身にまとって街を歩くアンネなのだが、どうやら
従者として俺の斜め後ろを歩くのはいつものことなのだが、距離がいつもより二歩……いや、一歩半ほど遠い。顔を赤くして俯いて、試着の一着目とは違って薄いピンクの胸元の開いたブラウスを着て、これもやはり一着目よりも丈の短い、膝下丈の空色のスカートを揺らめかせて歩いている。
ああっ! そんなに握ったらせっかく買ったばかりのスカートにシワができてしまうぞ……!
「なあアンネ、悪かったって。たとえ事故でも、
「…………うぅっ!」
……何やらさらに表情が険しくなった気がするが、なぜだろうか……?
やはり【土下座】しかないのか……? もう一度【土下座】をしなければ、俺の謝意は伝わらないのだろうか? 先ほどは木の床だったから、もしかしたらこの石畳の通りでの【土下座】であれば、あるいは……
「もー、違うよお兄ちゃん! アンネお姉ちゃんは怒ってるわけじゃなくて、オッパイとおパンツを見られちゃったのが恥ずかしいだけだもんねー?」
「ちょ!? にににニーナッ!!??」
俺の右手を放してアンネの後ろに回り込み、そう言って彼女の顔を見上げるように覗き込むニーナ。
それに対して、ようやく口を開いたアンネはやけに
「そうだったのか。いや、本当に悪かったなアンネ」
「サイラス様……。いえ、私こそいつまでも引きずってしまい、申し訳ありません……」
ようやく俯いていた顔を上げ、そう返してくるアンネ。まだ若干頬は赤いようだが、確かに怒っている様子ではなさそうだった。
「許してもらえて良かったよ。そんなに恥ずかしかったんだな。小さな頃は一緒に風呂に入って、よく身体を隅々まで洗ってやったのに」
「ササササイラス様ッ!!?? あ、アレは子供の頃のお話で……!」
「何も変わらないさ。今も昔も、成長しようがアンネは俺の
「ぐふぅ…………っ!?」
うん? どうしたんだアンネ、また俯いてしまって?
ニーナは今度はアンネと手を繋いで、空いた方の手で繋いだアンネの手をポンポンと叩いている。仲が良くて大変喜ばしいな。
「お兄ちゃんって……」
「ん? どうしたニーナ、俺がどうかしたか?」
「知ーらないっ」
何やら俺を
夕陽が傾き程なくして夜になろうという頃に。
俺達は通りに三つの影を伸ばしながら、ゆっくりと夜に向け様子を変えていく街並を眺めつつ、足を進めたのだった。
◇
ガヤガヤとした店内。服屋でこさえた荷物を宿の部屋に置き、再び身軽になった俺達は、宿の主に教えてもらったオススメの食事処へと足を運んでいた。
店内は仕事終わりなのだろうか、テーブルを囲い酒の入った木製ジョッキを打ち付け合い、思い思いの話題で盛り上がる街の住人達で賑わっていた。
〝飲んだくれのハンターがあまり居ない料理の美味い店〟という、ニーナのためとはいえずいぶんと身勝手な注文にも関わらず宿の主が教えてくれたこの店は、多くは仕事帰りの住人達が
何故服屋で散財したのにまた飯屋なんかに……と思われるかもしれないが、仕方がなかったんだ。
よく分からないが、俺の言葉で落ち込ませてしまったらしいアンネを元気付けるためだと、ニーナに説得されてしまったからな。
さすがは行商人家族の一人娘。十歳にしては
決して、今も脳裏に浮かんでいる〝ロリコン〟だとかいう、前世の記憶にある特殊な嗜好を持っている訳ではない。そう、決してだ。
空いている席へ好きに座って良いと店員に言われ、四人掛けの丸いテーブルに腰を落ち着ける。
何だかんだ長い徒歩の旅で足腰は鍛えられているはずだが、なかなかどうして、こうして腰を下ろすと脚の疲れを実感するな。
「いらっしゃいま……ひッ!? 公子さまッ!!??」
「ん?」
掛けられた声と物音に視線を動かすと、そこには十代後半から二十代前半くらいの若い娘が尻餅を突いて、青い顔をして俺を見上げていた。
「(サイラス様。この娘、三年ほど以前にサイラス様の取り巻きに暴行を受けた者です。確か両親と共に領都から出たと、そう報告を聞いた記憶があります)」
目を点にしていた俺に近付き、耳打ちで彼女の過去を教えてくれるアンネ。
そうか、俺の取り巻きが……。
三年前と言えば俺が貴族学院を卒業した後の事か。卒業したばかりの頃は、公爵家の権威に擦り寄る取り巻き共が、ひっきりなしに我が家に訪ねて来ていたっけな。俺も何度か、同輩達を引き連れて領都を散策し暴れていた記憶がある。
俺自身が乱暴をしたわけではないはずだが、取り巻きを調子付かせたのは明らかに俺の罪だ。
見たところこの女性は、店員として注文を取りに来てくれたんだろう。尻餅を突いたままで、周囲の街の住人達の好奇の目に晒し続けるのは、お互いあまりよろしくないな。
「食事の前に手を洗いたい。お嬢さん、共同井戸に案内してくれないか? なにぶん今日この街に着いたばかりで、地理に明るくないんだ」
俺はそう彼女に声を掛け、立ち上がるよう促したのだった。
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