第三十二話 服屋とちょっと違う【土下座】
「サイラス様、服の新調を希望します」
ピマーンの街に着き、ハンターギルドで道中摘んだ薬草類を換金した俺達は、ギルドの紹介で格安の宿を訪ね、三人部屋で思い思いに旅の疲れを癒していた。
そんな中で突然、アンネがそのようなことを言い出した。
「ど、どうしたんだ急に? 旅装だったらちゃんと揃えてあるじゃないか」
「それでも新調を希望します。(そうですよっ! 旅に適した簡素な服では、いつまで経っても女性として見てもらえませんっ。ここは
顔を俯けて呟いているせいでほぼ聞き取れなかったが、何やらこれは、いつものアレな予感がするな……。
「……分かったよ。ただしイチから仕立てるのは無しだからな」
「はいっ! では早速参りましょうっ」
甘いと言うなかれ。アンネには今まで散々苦労を掛けたと思ってるし、何より今だって旅に慣れていない俺を良く支えてくれているんだ。彼女がたまに言うワガママくらい、叶えてやりたいと思うのは当然だろ?
「よし。それじゃ宿の主人に道を聞いて、三人で行くか」
「服屋さん行くの!? わーい行く行く〜っ♪」
「(くっ、そうですよね、やはり三人一緒ですよね……!)」
「ん? 何か言ったかアンネ?」
「いえ、何も。では参りましょうっ」
こうして俺達は荷物を置き身軽になってから、ピマーンの街に繰り出した。
「よくよく見ると、この街はずいぶん服屋や仕立て屋が多いんだな」
「ここピマーンの街は、シャムール公爵領の中で最も紡績が盛んな街ですからね。王都や領都に出ているお店も、ここに在るお店が本店だという所は割とありますよ」
「すごーい! 色んな服がいっぱい!!」
三人で街の大通りを練り歩く。店頭に並べられている既製品の衣服や生地をアンネが目利きしては次の店へと、次の次の店へと渡り歩き、辿り着いたのは一軒のこぢんまりとした服屋だった。
「ここなら子供用の衣服も揃っていますし、お値段も手頃かと」
「既製品や中古品の専門店か。確かに充実した品揃えだな」
初老に差し掛かったくらいの女性店主がカウンターの向こうに座って、はしゃぐニーナを眺めニコニコと微笑んでいる。
「それじゃ俺はニーナを見てるから、アンネはゆっくり選んでこいよ」
「わーい! お兄ちゃんこっちこっちー!!」
ニーナに手を引かれアンネと別れる。離れる間際に唇を噛んでいたようにも見えたけど、多分気のせいだよな……?
気になりつつも、普段とても良い子にしているニーナのはしゃぎっぷりに圧倒され、やっぱり小さくても女性なんだなと認識を改めた俺は、この小さなお姫様のエスコートを完遂する覚悟を決めたのだった。
「サイラス様……」
ニーナの何着目かの試着をカーテンの手前で待ってやっていると、その隣りのカーテンの向こうからアンネの声が聴こえた。
「ん? そこに居るのかアンネ。どうした?」
着替え中であることを考慮して、俺はカーテン越しに返事を返す。するとそのカーテンは向こう側から開けられた。
「どう……でしょうか?」
そこに立っていたのは家の使用人服とも、もはや見慣れた旅装とも違った、胸元の開いたシャツに裾の長いスカートといった町娘風の装いになったアンネだった。
十六歳の、成人はしたものの未だ少女の面影を残しているアンネだが、屋敷の使用人服とは違い胸元を広く開いたシャツは女性特有の膨らみを強調し、いつかの盗賊団の頭目の評価の通り小柄な割にはずいぶんと主張してくる
〝Eカップ〟くらい? 〝ロリ巨乳〟?
またも前世の記憶から言葉が湧き上がってくるが……なんとなくこの言葉には触れてはいけない気がした。
「やはり私のような者がこのような格好など、おかしい……でしょうか……?」
「い、いや、雰囲気が違ってて驚いただけだ……! うん。良く似合ってるよ、アンネ」
不安そうなアンネの言葉に慌てて感想を返す。いや、実際似合っていると思うしな。
白いシャツは彼女の白い肌とも、ピンク色の肩口で揺れる髪ともマッチしている。シャツの裾を入れた腰は細く、スカートのシルエットはそこから足首までの柔らかな曲線を辿り、自然と視線を誘導されてしまう。
何よりも、使用人服や旅装ではあまり意識していなかった
「な、なんだか子供の頃を思い出すな。母上と一緒にアンネに似合う服を選んだ時みたいだ。可愛いぞ、アンネ」
「はうっ……!?」
思わず照れ臭くなってしまい、誤魔化すように思い出を引き合いに出して褒めてしまったが、もちろん嘘ではない。
ん? どうしたアンネ? 顔が赤いようだが……?
「で、ではもう一つの方も試してみます……っ! 待っていて下さいねっ、サイラス様っ」
「あ、ああ、分かった」
隠れるようにカーテンの向こうに再び飛び込んでいったアンネを見送ると、入れ替わるようにニーナが隣りのカーテンから飛び出してきた。
「お兄ちゃん今度のこれはどう?! 似合う?!」
「おお、それも可愛いな。良く似合ってるぞ、ニーナ」
長いアンバーの髪を二つにまとめ――〝ツインテール〟というらしいな。前世の記憶を頼りに結わってやったんだ――、少し濃いめの赤いワンピーススカートをフワリと一回転させるニーナ。本当に良く似合っていたので、俺は素直に賛辞を贈ったのだが――――
「やったぁああーーーッ!! お兄ちゃんありがとおーーーッ!!」
「うおっ!? ニーナ、あぶな――――」
まさか飛び付いてくるとは思っていなかったため、反応が遅れた。慌てて抱き止めたが、バランスを崩した俺は転ぶまいと
――――ブチブチブチィッ!!
「え……?」
「え……??」
……状況を整理しよう。
俺の片腕はしっかりとニーナを抱き止めていて、怪我はさせていない。もう片方の手は……これはカーテンだな。転びそうになって思わず掴み、留め具から外れてしまったようだ。
そして俺の視線の先には、下履き――女性用は〝ショーツ〟というのか、なるほど――のみで、たわわな二つの果実を揺らして呆然としているアンネロッテのあられもない姿が――――
「さっ、ササササササササイラスさまッッ!!?? ちょッ!? いやあああああッッ!!??」
「どわああッ!? すまんアンネ!? わざとじゃないんだ信じてくれッ!!?? 本当にすまん!!??」
あたふたと不格好に
《心からの謝罪と感謝を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》
ちょっと待てぇぇえええ!!??
いや確かに眼福ではあるが……って違うから!? 事故だからああああ!!??
そんな俺の心の叫びとは裏腹に、俺の身体は丁寧にその所作をなぞり始めたのであった。
「お姉ちゃんおっぱい大っきいなぁー。いいなー」
ちなみにこれは、その騒動の後で試着室から出てきたアンネを再び赤面させた、ニーナのトドメの一言である。
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