二章 ハンター生活と第二の街

第三十一話 花嫁修業と【土下座】



「お兄ちゃん、お願いしますっ!」



 え、ええと……?


 俺は目の前に広がる光景に、思わず顔を引きらせていた。端的に分かりやすく説明するならば、【土下座】しているのだ。ニーナが。俺に。朝早くから。


 どうしてこうなったのか……?

 俺は昨晩まで記憶を手繰って、心当たりを探ってみることにした。





 ◆





「岩塩の粗さは……こんなものか。胡椒があれほど高いとは思わなかったな……。あとは道中で見付けたこのハーブを肉に揉み込んで……」



 俺はその日の野営で、いつも通り夕飯を支度していたんだ。

 例のごとく危険すぎる手伝いを申し出るアンネロッテを退しりぞけた俺は、アンネが手伝いの代わりにと落ち込みながら森で仕留めてくれた野鳥を捌いて、下処理を施していた。



「あたしが見付けた薬草もお料理に使うの?」


「ああ。こうして肉に揉み込んでやれば臭みも取れるし香り付けになるから、より美味しく食べられるんだぞ?」



 アンネとは違って料理の才能は普通にあるニーナが、興味津々といった様子で手元を覗いてくる。


 得意気に解説しているが、もちろん俺の知識ではなく、前世の記憶の情報だ。

 ニーナが見付けてくれた薬草の中に、前世の記憶によるとバジルという香草によく似た物が紛れていたからな。胡椒が高くて買えなかったため、これ幸いにと塩で下味を付けた鳥肉に刻んで揉み込んでいるのだ。


 香りと味が馴染むまでの間に、もはや手慣れた干し肉と乾燥野菜のスープを作る。

 鳥の肉があるから干し肉は使わなくてもとは思ったが、たまにはガッツリと、焼いた肉を食べたかったんだ。かと言ってスープから単に干し肉を抜くと、今度はスープのダシが足らずに味気なくなってしまう。そんな訳で、今夜は特別にスープと焼いた鳥肉、そしてパンという、野営にしては豪華なメニューとなったのだ。



「あふっ!? あふいぃっ!?」


「ニーナ、焼きたてが熱いのは当たり前なんだから気を付けろよ……」


「らっておいひいんらもんっ!」


「ありがとな。だけど口に物を入れて喋るのはお行儀が悪いぞ?」


「むぐぅっ、むぐむぐ……! だって美味しいんだもんっ!」



 ちゃんと解読できたから、慌てて飲み込んで言い直さなくてもいいのに。

 こうしてまだ幼いニーナと話していると、アンネや義理の妹のエリィ……エリザベスの世話を焼いていた頃を思い出すなぁ。



「…………っ!!」


「おいひぃ〜♡ お兄ちゃん、スープも美味しいよ♪」


「あ、ああ。ありがとな、ニーナ」


「……っ! …………ッ!!」



 ……あのー、アンネさんや。そんな恨めしそうな目で睨みながら無言で食べられると、非常に食い辛いんだが。

 いくらそんな目で見られてもお前に料理はさせないからな? 育ち盛りのニーナに、あの絶望すら感じる腹痛を経験させる訳にはいかないんだ。許してくれ。


 俺は極力アンネの視線から顔を背けながら、我ながら上手く香り付けのできた焼きたての鳥の肉を味わったのだ。


 ディーコンの街を出て、早三日ほど。

 その間野営を繰り返し、俺はそれなりには野外での調理にも慣れてきた。繰り返す内に手際も良くなり……前世の記憶の知識もあってか、今のところ彼女達には食への不便は感じさせないでやれている、と思う。



「お兄ちゃん……」


「ん? どうしたニーナ?」



 道中のアレコレを思い出しながら夕飯を楽しんでいると、少々不安げな顔をしたニーナが声を掛けてきた。

 器を見るとちゃんと一人分は食べられているみたいだし、健康状態に問題は無さそうだが。



「お兄ちゃんは、お嫁さんはやっぱりお料理が上手な人がいい……?」


「……は?」


「ニーナっ!?」



 突然の問いに間抜けな声を上げる俺と、なぜだか焦った様子のアンネ。当のニーナはなんだか……顔が赤いような……? 料理を食べて体温が上がったせいかな?



「そうだなぁ。奥さんの温かく美味しい手料理か……。うん、憧れはするな」



 そう深く考えもせずに放った俺の言葉に、ニーナは「そっか」と何やら考え込み始め、アンネは……なんでそんな悔しそうな顔――とは言ってもそう感じるだけで実際は無表情なんだが――で俺を睨んでるんだ……?


 結局その時は大して気にせずに食器類を片付け、いつも通りアンネと交代で見張りをして、夜が明けたのだった。





 ◆





「お願いします、お兄ちゃん! あたしにお料理を教えてください!!」



 ……なるほど。恐らくは、今の内から料理を覚えて上達したいんだな。



「ニニ、ニ、ニーナ!? そんなことでしたらサイラス様でなく私が教えますよ!?」


「アンネお姉ちゃんはお料理下手くそでしょ!?」


「がはっ!?」



 うわぁ……! 子供って容赦ねぇな……!?

 一片の情けすらない言葉を突き付けられたアンネが、胸を押さえてその場に崩れ落ちた。


 あー、うん……泣くなアンネ! お前は完璧なんだから、そんな悲しそうな顔するんじゃない……!



「あー、とりあえずニーナ? なんでそんな格好を……」



 アンネは処置なしと判断し置いておき、ニーナになぜ【土下座】しているのか尋ねてみる。



「え? お兄ちゃん、お願いする時にこうしてたから……」



 まあそうだよな……! 俺の影響だよなどう考えても!



「に、ニーナ、それは確かに相手に誠意を伝える所作なんだが、別にそこまでしなくてもいい。他ならぬニーナのお願い事なんだから、俺が教えられる限りのことは教えてやるよ」


「ホント!? やったぁーっ!!」



 この程度のことでこんなに喜ぶなんてな。もっと早くから、俺から声を掛けてやれば良かったかもなぁ。



「あの、サイラス様……? 私にも是非――――」


「アンネはまず包丁を逆手に持とうとするな。その癖が抜けたら手伝いなら許してやる」


「ぐふ……っ」



 まあ、こうして一悶着あったものの、俺達三人は和気藹々わきあいあいと、いよいよ近くなってきた次の街〝ピマーン〟へと足を進めたのだった。




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