第二十八話 ディーコンからの旅立ち



「ありがとうな、セシリアさん。おかげで目標の金額も、余剰付きで稼げたよ」


「サイラスさんの誠実さと努力の賜物ですよ。私はほんの少しだけ、それが向いている方向をズラしただけです」



 ディーコンの街の市場通りを、セシリアさんと並んで歩く。まだ領都にほど近い都会の部類だからか、市に並ぶ品々は種類も豊富で、見ていて飽きさせない。


 そんな風に並んで歩いているとふと、とある店で一つの品物が目に留まった。



「セシリアさん、ちょっと寄って行ってもいいかな?」


「はい? ……装飾店ですか? 私は構いませんが……」



 同行者の許しも得たので、俺はその露店へと近付いて店主の男に声を掛ける。傷を付けなければ試着は構わないとのことだ。



「セシリアさん、ちょっとここに立って、じっとしててくれ」


「え? え??」



 俺の意図が読めていないセシリアさんを傍らに立たせ、俺は目に留まった髪飾りを手に取り彼女の髪に挿し、柔らかなその髪を挟み込む。



「うん。思った通り、セシリアさんの空色の髪に良く似合うな。店主、これを買わせてもらうよ」


「あいよ、毎度あり」


「えっ? えええっ!?」



 素材は薄く伸ばした真鍮クロームだろう。よく磨かれていて銀にも等しい輝きのそれには、丁寧に彫刻が刻まれている。嵌め込まれた石の種類は分からないし、そんなに大きくも派手でもないけれど。

 だけどその髪飾りは、控え目で穏やかに微笑む彼女の柔らかな雰囲気に、とても良く似合っていた。



「さ、サイラス様!? ここ、これは一体どういう……!?」


「呼び方がに戻ってるぞ? せっかく打ち解けられたと思ったのにな」


「うっ……! さ、サイラスさん……」


「ははっ。これは感謝の気持ちだよ。この街に来て、なんだかんだと穏やかに過ごせたのは、セシリアさんのおかげだからな。鑑定魔導具でを知っていたにも関わらず、色々と便宜を図ってくれて……本当にありがとう」


「……っ!」



 俺の言葉に目を見開くセシリアさん。


 そう。彼女は俺が、領主家であるシャムール公爵家の三男、サイラス・ヴァン・シャムールであることを知っているのだ。そしてハンターギルドの関係者であるなら、それに付随する俺の悪評も……。

 にも関わらず彼女は嫌な顔ひとつせずに、ギルド職員として俺を助け、導いてくれた。今回にしてもわざわざ同行までして、俺の思い付きを金に替えてくれた。


 この髪飾りはそんな彼女への、ささやかながら俺なりの……せめてもの感謝の印なのだ。



「担当が貴女で良かった。おかげで俺は、仲間と共にまた旅に出られる。本当に感謝してるよ、



 思い切って、彼女が求めたように呼び捨てで呼んでみる。なんだか改まってそう呼ぶと、結構気恥しいな……!



「……ズルいです、サイラスさん……」


「うん? ズルいって、何がだ?」



 ポツリと彼女がこぼした言葉に聞き返す。

 しかし彼女はゆっくりと首を横に振り、穏やかな微笑みを浮かべて俺の手を取った。



「何でもありませんっ。さあ、結構時間も掛かりましたし、急いでギルドに戻って依頼完了の処理をしましょう! アンネロッテさんやニーナさんを、あまり待たせてはいけませんしね?」


「あ、ああ。そうだな」



 そうして俺は彼女に引かれるまま、手を繋いだままでギルドへの帰路を歩いて行った。

 ギルドに帰還して男性ハンター達の殺気を大いに浴びたのは……言うまでもないだろう。





 ◇





 良く晴れた早朝。

 俺は荷物のバッグを肩に下げ、街の入場門から後ろを振り返った。



「若いの、膝当ての調子はどうだ?」


「申し分ないよ、セルジオさん。わざわざ作ってくれて感謝する」


「なぁに。アンタがケナル草を上手いこと乾燥させて、保存が利くようにして大量に収めてくれたんだろ? その礼だから気にすんなよ」



 膝を曲げ伸ばしして、強靭な革製の膝当ての調子を確かめながら、鍛冶屋の店主であるセルジオさんに礼を言う。いつか彼の初めての依頼を受けた時の、ビリビリに破けたズボンの膝を気にして密かに作っていてくれたらしい。


 まあアレは主に自分の……【スライディング土下座】のせいなんだけどな……。

 でも確かに、薄い鉄板を強い革で包んだこの膝当てがあれば、【土下座】で勢いよく地面に膝を突いても痛みはだいぶマシになるはずだ。感謝してもしきれないな、本当に。



「サイラス様。多くの薬草の採取に、新たな技術研究の発想まで提供していただき、本当にありがとうございます!」


「こちらこそ、シガーニーさん。俺の謝罪を受け入れてくれて、本当にありがとう」


「また来られた時には、研究の成果をしっかりとお伝えできるように頑張りますね!」


「ははっ、楽しみにしてるよ。だけど、あまり根を詰め過ぎないようにな?」


「はい!」



 薬師のシガーニーさんとも、穏やかに別れの挨拶を済ませる。

 彼には旅の道中で役立つだろうと、様々な薬草類の情報の載った本を頂いてしまった。これでちょっとした怪我や病気なんかは、素材となる薬草さえ採取できれば自分達で対応できそうだ。これもまた本当にありがたい。



「サイラスさん。どうかご無事に、旅の目的を成し遂げてくださいね」


「セシリア、本当に色々と世話になった。また帰る時には是非この街に立ち寄って、声を掛けさせてくれ」


「ええ、もちろんです。いつまでもお待ちしていますね、サイラスさん。旅のご無事を、ここからお祈りしています」


「……本当に、みんなありがとう」



 俺と、アンネロッテと、ニーナ。

 三人となった俺達の、改めての旅立ちの朝。


 俺はこの街で世話になり、わざわざ見送りにまで来てくれた彼らと挨拶を交わすと、街から出て行く人の列へと混ざって歩き始めた。


 ニーナと手を繋いで。アンネにはなぜか睨まれて。

 最初の街ディーコンから、俺達は次の街へと旅を再開したのだった。




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