第二十七話 石頭ハンターと薬草採取



「よう、石頭♪」


「今日も採取依頼かい? 頑張りなよ!」



 ……どうしてこうなった……?

 Dランクハンターのブロスとの試合――もはや決闘だけどな、あれは――から数日。俺を取り巻く評判は一変していた。


 路銀もそこそこ貯まり、さあ近々街を出ようといった矢先にあの騒ぎで軽くはない負傷をした俺は、その治療に費やした金をまかなうために、傷を癒しながら再びハンターとして依頼と向き合う生活を送っていた。


 傷自体は、和解した薬師のセガールさんの作った質の良いポーションで治りはしたが、なにしろ治癒魔法と並ぶ貴重な治癒薬だ。値段はバカにならない。結果旅立ちは先延ばしとなり、俺は自身が通した意地の代償を、細々とした安全な依頼で補填していたわけだ。



「お、石頭ハンターじゃねぇか。お疲れさん」


「相変わらず良い採取の腕だなぁ。薬屋のシガーニーが喜んでたぜ、石頭っ♪」



 〝ママゴトハンター〟から、〝石頭ハンター〟へ。俺の呼び名はあの試合以来、そう変わっていた。

 違うのはそれだけでなく、ママゴトの頃はいわゆる蔑称というやつで、嘲りや皮肉などが大いに含まれていたのだが……今はなんだか、まるで〝勇者〟や〝英雄〟とでもいうような敬意を込めて呼ばれている。


 いや、だからって〝石頭〟はないだろ……っ!


 確かにブロスを倒した決まり手は、俺が持つユニークスキル【土下座】の派生スキルである【ジャンピング土下座】での、傍から見たらただの頭突きなのだが……いや納得いかねぇわッ!?

 別に俺の額が取り分けて頑丈ってわけじゃないからな!? しっかりダメージ喰らってるし、なんならブロスの前歯が突き刺さって滅茶苦茶痛かったからな!?



「あっ、〝石頭〟の……っと、失礼しましたっ。今担当のセシリアを呼んできますねっ」



 あげくの果てには受付嬢にまで定着してしまっている。

 いや、分かってるんだよ? 彼等にも今の受付嬢にも、悪気は一切無いってことはね?


 あの試合以降、俺をママゴトハンターと揶揄してきた連中は、俺のことを一端いっぱしのハンターと認めてくれたのか侮ることは無くなった。それは嬉しいし、意地を通した甲斐があったと誇らしくもある。だけど……。



「それにしても、〝石頭ハンター〟はないだろ……」


「ふふ。有名人は大変ですね、サイラスさん」



 受付のカウンターに肘を突き項垂うなだれていた俺に、もはや聞き慣れたセシリアさんの声が掛けられる。



「勘弁してくれ。これじゃ俺が人に言われるほど頑固みたいじゃないか」


「あら、意地を通される姿は格好良かったですよ? 初志貫徹も、言い方を変えれば頑固となるのではないですか?」



 口元に手を当て、コロコロと意地悪く笑いながらそう語るセシリアさんに、俺は何も言い返せなくなる。

 口では敵わないと早々に戦略的撤退を心に決め、諦めて採取品をカウンターに置く。



「ずいぶんと採取の効率が上がったようですね。〝ヒィル草〟に〝ワゼリン草〟、こちらは〝ケナル草〟ですね。あら? このケナル草は……」


「ああ、物は試しにと魔法で乾燥させてみた。ケナル草を薬にする工程で、一旦水分を抜き乾燥させると聞いたからな。調薬してしまうと足が早いらしいが、この状態なら長保ちするんじゃないかと思ってな」


「魔法で……どのようにですか……?」


「土魔法で陽の光を防ぐ箱を作って、風に当てる方法だな。温風と冷風を交互に当てることで、手早く乾燥させることができたよ。箱の中で葉を傷めずに風で踊らせるように乾かすのには、ちょっと慣れが必要だったけどな」


「…………なるほど。サイラスさん、これは私達ギルドでは判断が着きませんので、一緒にシガーニーさんの所へ行きましょう。もしかしたら、その手法も買い取って下さるかもしれません」


「え、そうなのか? ただ思い付きでやってみただけなんだが……」



 真剣な表情で席を立ち、いそいそと身支度を整え始めるセシリアさん。その間に、ケナル草以外の薬草類の買取額が運ばれてきた。

 俺はそれを受け取ると、急かすセシリアさんと共に街へと繰り出したのだった。





 ◇





「これは……素晴らしいです! ケナル草は陽の光に弱く、乾燥の工程で一部は傷んだり枯れたりしてしまうんですが、これだけ乾いてこの量なら何人分もの薬が作れますよ! もちろんしっかり水分も抜けているので、保存も利くことは間違いないです!」


「やっぱり……! シガーニーさん、この乾燥の手法、買い取れますよねっ!?」


「というと……サイラス様が考えられたこの方法を買い取り、私が薬師学会に発表するということですか?」


「はい! そうなれば、病で苦しむ人の必要とする薬の供給が増えるでしょう? ちょっとした革命ですよ、これは!」



 俺を置いて何やらセシリアさんとシガーニーさんが盛り上がっている。

 薬師学会というのは、錬金術ギルドが擁する調薬部門の学術組織の名だな。様々な薬の調合法や、新たな薬の開発研究を行っていると聞く。



「サイラス様、どのようにして乾燥させたのか、見せてもらえませんか?」



 そしてこれまたセシリアさんと同じく真剣な顔でシガーニーさんに詰め寄られ、俺は否も応もなく裏庭へと連れ出された。





「まずは土魔法で、陽の光を遮る箱を作る。風が通りやすいように小さな空気穴を開けるんだ」



 裏庭の隅で、土を操り四角い箱を作り上げる。



「俺は面倒だったから葉を直接風で踊らせて乾かしたな。こんな風に」



 その内部で風を操り、渡された生の薬草をクルクルと回転させる。火魔法と風魔法を合わせて温風で、水魔法と風魔法を合わせて冷風で交互に回転を繰り返す。

 しばらくそれを繰り返していると、水分が抜けて若干色味が濃くなり、パリッと乾いた薬草が出来上がった。



「こんな感じだな。使えそうか?」



 乾燥させた薬草を箱から取り出して、シガーニーさんに手渡す。

 この人も再会当初こそ俺に怯えていたが、今ではすっかり打ち解けてくれたよな。本当にありがたい。



「素晴らしいです! ちなみに、温かい風と冷たい風を交互に使ったのはなぜなのですか?」


「あー、思い付きなんだがな? 人の肌も水で洗った時より、温かいお湯で洗った時の方が乾燥が早いだろ? そう思い立って温かい風ばかり当てていたら、すぐに枯れてボロボロになってしまったんだ。そこである程度温めと冷却を繰り返したら、キレイに水分が抜けたんだよ」


「……なるほど、まだ研究の余地がありますが充分です! 魔導具と組み合わせれば魔法が使えなくても手早く乾燥が可能になりそうですね! サイラス様、是非私にこの手法を買い取らせて下さい! もちろん先程の、乾燥させたケナル草もです!」



 現状俺達くらいしか薬草採取の依頼を受けていない中、特に世話になった鍛冶屋のセルジオさんのためにと思い付いたケナル草の乾燥保存だったのだが……なんだか大袈裟な話になってきてしまった。

 俺はただこれが上手く行けば、彼と彼の母上殿のために、沢山ケナル草を備蓄しておけると思っただけなんだけどな。



「あ、ああ。もちろん構わないが、本当に良いのか?」


「もちろんですサイラス様! 発表の折には、考案者の名前としてサイラス様のことも書かせていただきますよ! 早速お金を支払いますので、中へどうぞ!」


「良かったですね、サイラスさん!」



 こうして俺は一日の稼ぎの最高額を更新して、セシリアさんと薬屋を後にしたのだった。




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