第二十六話 コンバット・土下座・プログラム



「おらァ死ねやぁああああーーーーーッッ!!」

《――――ゴー・ユア・ヘッド》



 ブロスの雄叫びとアナウンスが重なった。

 その瞬間、俺の身体は弾かれたようにブロスに向かって疾走を開始。前傾姿勢のままで鋭く地面を蹴り、ヤツとの距離が瞬く間に縮まっていく。



《脅威度判定:B。回避行動アヴォイダンス攻撃防御パリィ



 グレイヴによる斜めの斬り下ろしを身体を捻り回避する。それを見越した返しの斬り上げを、先程折られてしまった木剣の柄を押し付けるようにしてなし、逸らす。グレイヴは空を切り、一瞬の無防備を晒すブロスの身体と対峙する。



《土魔法並びに風魔法を起動。【ジャンピング土下座】実行》



 異なる魔法の並列起動……!? 順番に効果を重ねるのであれば俺も先程やったようにできるが、同時に二種類をだって!? そして【ジャンピング土下座】という単語からは不安しか感じないんだが!!??


 俺の意思から離れた身体が魔法を放つ。詠唱することもなく放たれた風魔法は空気のかたまりをブロスの上半身にぶつけ、土魔法はその足の下の地面を隆起させた。結果ヤツは空振りで体勢を崩していたのもあり、勢いよく仰向けに転倒した。



《ゴー、ゴー、ゴー・ユア・ヘッド》



 いや行けゴーと言われても俺には何の自由も無いんだがッ!?

 胸中で必死に突っ込むも俺の身体は素早く魔力を纏い、まるで重さなど感じずに天に舞い上がる……ってああ、なんか分かっちゃったかもぉ……ッ!?



「て、テメェ!? しゃらくせぇマネぐぼおっ!!??」



 宙で身体を捻り回転し、俺はそのまま膝から落下し、その膝はブロスが横に構えたグレイヴの柄を砕き折りながらヤツの腹部に突き刺さった。

 地面に着く両手は勢いよくヤツの両腕を弾き逸らし、その肩を押さえ付ける。そして――――



 ――――ゴシャァアアッッ!!!



 あがああああああッッ!!?? なんで!? 額じゃないのかよ、鼻かよォ!? 額はともかく眉間にコイツの歯が刺さっていだいいいいいいいッッ!!??


 それはもう勢いよく振り下ろされた俺の額は、ヤツの鼻を押し潰し、その下にある骨を砕き、ついでに前歯すら折って俺にその激痛を伝えてきた。

 そう。要するに俺は、空中で【土下座】の体勢を整えてから落下の勢いを加え、そのまま仰向けに倒れたブロスに覆い被さるようにして……アナウンスいわく【ジャンピング土下座】を敢行したのである。


 いやなんでぇ!? ゴブリンの時は額だったじゃねぇかよぉ!? 歯ァ!? 歯が眉間に刺さってるからぁッ!!??



「アビゃ……こ、きょのやろほ……!!」


《脅威度判定:D。ノーサレンダー。ワンモアセット。ゴーユアヘッド》



 ブロスの憎悪に満ちた声、そして無機質なアナウンス。それぞれが激痛に耐える俺に届く。そしてゆらりと持ち上げられる俺の頭。

 ちょ、待って待って歯ァ!! せめて歯を抜いてそして避けてぇええええええ!!?? ブロスてめぇなんでそんなんなっても戦意残してんだ――――



 ――――ゴギャメキョオッッ!!



 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!?? またっ!! また歯がぁああああッッ!!??

 もうヤダこのスキルぅ!! 特に戦闘用のヤツなんて大っ嫌いだァッッ!!



「ぶ……ぴぎぇ…………っ!」


《対象:ブロスの意識消失を確認。脅威度をDからFに変更。周囲から畏怖を検知。危険は確認されませんでした。解析報告を終了します》


「ぐ、があぁ……ッ!!」



 アナウンスのお決まりの終了の声と共に身体に自由が戻り、俺は転げ落ちるようにしてブロスの身体の上から降りる。大慌てで額を確認すると……そりゃ痛いわな、四本ものヤツの歯が折れて刺さっていた。

 それを抜き去ると、憎らしいスキルの恩恵で即座に治癒が始まったのが分かった。ホントに何なんだよ、このスキルは……!



「「「うおおおおおおおおおおッッ!!!」」」



 な、なんだぁ!?

 額の調子を確かめている俺の背中に、突如大歓声が叩き付けられた。


 慌てて振り返ると、先程まで散々に野次を飛ばしてきていた観衆が諸手を上げて雄叫びを上げていた。

 そして俺に駆け寄ってくる、一人の少女と二人の女性。



「お兄ちゃあんッ!!!」


「サイラス様、お怪我は!? なんて無茶を……!!」


「まさかブロスさんを倒すなんて……! いえ、訓練と称したにも関わらず故意に殺害しようとしたのは明白です! サイラス様、ブロスからは即座にハンター資格を剥奪しますから!」



 瞳に涙を溜めるニーナ。無表情ながらも怒っているような雰囲気のアンネ。そして心配しながらも俺に対し申し訳なさそうに、今後の対応を示すセシリアさん。

 俺はなんとか痛みを誤魔化しながら身体を起こし、駆け寄った三人に向き直る。



「ニーナ、アンネ……心配掛けたな。セシリアさん、ヤツは仲間の魔法の支援を受けていた。ヤツの取り巻きからも事情を聴いた方が良い」


「なんですって!? まさか不正まで……! 分かりました、早急に対処します!」



 俺はゆっくりとニーナを抱き上げ、アンネの頭を軽く撫でてやってから、セシリアさんを加えて四人で訓練場の出口に向かう。



「やるじゃねえかママゴトハンター!」


「見直したぜ!!」


「最後のアレって何なんだい!?」


「魔法の腕も大したモンじゃねーかよ!!」



 口々に俺を賞賛する声が上がる中、俺は胸と脇腹を痛めたことを仲間に悟らせないようにするので精一杯だった。額は相変わらずもう完治してるよクソォッ!


 そんな俺の意地も、口々に称え背中や肩を叩いてくるハンター達のせいで風前の灯火だ。

 とにかく今は宿に帰って、ポーションを飲んで休みたい……! って痛い、痛いってば!? 何なんだよお前らのその手の平返しはよぉ!?





 まあそんな感じで、俺は俺達を侮辱してきた輩に対して、意地と本気を示すことができた……と思う。思い返せば今まで理不尽に対し苛立ちはしても、本気で怒ったことなんてこれが初めてかもしれない。


 いや……。母上が亡くなられたあの事故で、己自身に怒りを抱いてから……か。

 そう考えると俺はようやく俺自身の意思で、一歩を踏み出せたのかもしれない。


 そんな事を考えながら、俺は痛む身体に鞭を打って、アンネとニーナと共に宿へと引き返して行ったのだった。




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