第二十五話 ママゴトハンターの心の叫び



 ブロスの明確な殺意に対し、俺は腹を据え、覚悟を決める。

 これはもう訓練なんかじゃない。ヤツが殺そうとしてくるなら、俺も相応の覚悟でもって対峙しなければアッサリ殺されてしまう……!



「水よ集え、束ね凍てつき我が敵を貫け――――【氷の槍アイシクルランス】!!」



 胸の痛みを堪え詠唱を完成させる。水が凝縮され鋭く形作られた十数本の氷の槍が、俺の周囲に浮かび上がる。



「風よ掴め、纏い飛翔し疾く届けよ――――【疾風ウィンドアクセル】! 行け!!」



 さらに重ねて魔法を詠唱する。ただ飛ばすだけでは【岩の礫弾ロックバレット】の時の二の舞になりそうだったからな。生成した氷の槍に風を纏わせ、投射速度を上乗せして解き放つ。

 先の石礫いしつぶてなど比較にもならない速度で、飛ばされた鋭い氷の槍がブロスに殺到する。当たり所が悪ければ即死も免れないが、俺だって殺されたくはないからな!



「どらぁああああッッ!!!」


「な……ッ!?」



 嘘だろ!? あれだけの速度と量の氷の槍を躱し、捌ききっただとッ!?

 明らかに先程までのヤツの速度じゃない。まさか魔法で身体強化を……? いや、だがヤツは試合開始から一度も魔力を放出していない……ッ!?



「サイラス様ッ!!!」


「ハッ!? あぐぁ――――ッ!!??」



 バカか俺は……! アンネの大声の警告がなければ確実に殺されていた……ッ! 戦いの最中にいくら想定外とはいえ、呆けるなんて……ッ!!

 ブロスの横薙ぎに振るった一撃で、咄嗟に構えた木の短剣はへし折れ、俺の身体に多少は逸れはしたがグレイヴの柄が叩き込まれる。


 俺はそのまま膂力任せに薙ぎ飛ばされ、今度は魔法で着地する間もなく訓練場の地面を二転、三転する。

 そしてその時にチラリとだが、確かに。ブロスは確かに魔力を纏って肉体を強化していて、その魔力は野次馬の中の一人……ブロスの取り巻きの内の一人の男が、コソコソと構える杖から発せられているのを。



「がはッ!? く、クソがァ……ッ!」



 悔しい。どうしようもなく悔しかった。

 地面を転がり腕や顔をすり剥いて、胸やたった今殴られた横腹の痛みに歯を食いしばり、ブロスを睨む。


 一対一の戦いだろうが……! 野次馬どもも嬉しそうに騒いでんじゃねぇよ! 明らかに不正だろうが今のはッ!?



「こ……のッ、卑怯者が……!」


「おおん? 何のことかなァ!? 言い掛かりは良くないぜクソガキがァ!!」


「ガッ!?」



 再び間合いを詰めてきたブロスが振り回すグレイブに、三度みたび吹き飛ばされる。

 今度も折れた木剣でなんとか防御をしたものの、俺の身体はもはや土まみれで、周りから見たらすでに満身創痍の死に体と判断されてしまいかねないだろう。


 だけど……悔しい。正々堂々と戦って敗れるならまだ納得もできた。

 だけどこれは……あまりにも……ッ!!


 治癒魔法は使えないが、俺は魔力を放出してダメージを受けた箇所に集め、少しでも支障なく動けるよう補強する。



「サイラス様!!」


「お兄ちゃんもうやめてぇ!!」



 アンネとニーナの俺を心配する声が聴こえる。

 あれだけ格好を付けたのに情けない……! せっかく明るさを取り戻したニーナに、俺をいつも支えてくれるアンネにあんな悲痛な声を上げさせるなんて……ッ!


 視界の端でセシリア嬢……セシリアさんが止めに入ろうとして、他の職員に抑えられているのが見えた。

 それが悔しく、また情けなく、申し訳なく……そして腹が立った――――



「くっそが……ッ! 二人とも、セシリアさん……ごめん……!」



 悔しさと不甲斐なさから、俺は口にした。

 心から悔しかったし、俺を心配してくれている彼女達に本当に申し訳なくて――――



《心よりの誠意ある謝罪を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします。条件を満たしました。ユニークスキル【土下座】の派生スキル、【ジャンピング土下座】をアクティベートします。身体状況をスキャン……状況イエロー。各種魔法とスキルの同期を開始。戦闘プログラムを試算……クリア。【コンバット土下座プログラム】をインストールし発動します》



 ――――まただ。戦闘中に聞こえるこのアナウンスには正直良い思い出が無いのだが、とにかくまた、頭の中に例の無機質な声が響き渡った。

 そしてまた新たな、意味不明な言葉が羅列されている。【ジャンピング土下座】? 身体状況をスキャン? 魔法と同期? 戦闘プログラムとは何だ? 【C・D・P】とかいう不穏極まりない単語は何なんだッ!?



「おらァクソガキがァ! 俺様に舐めた口利いたツケは、まだこんなモンじゃねぇぞコラァ!!」


「もうやめなさいブロスさん!! どう考えてもやり過ぎですッ!!」



 ブロスの怒声と、セシリアさんが必死に制止する声が聴こえる。そんな声を聞きながら俺はスキルによって起き上がり、自由を奪われた身体でもって、今まさに突進してきているブロスへと向き直った。



《危険度を観測し対象を自動補正します。対象をブロスに指定。脅威度判定:A+。【C・D・P】をレベル2に設定しアクティベート。レディ――――》



 ゆるゆると俺は前傾姿勢を取っていく。先程から放出していた魔力は全身を駆け巡り、スキルに支配されている俺からはまるで独りでに魔法が組み上げられているように感じる。



「おらァ死ねやぁああああーーーーーッッ!!」

《――――ゴー・ユア・ヘッド》



 ブロスの怒声と、スキルのアナウンスが重なった――――




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