第二十四話 ママゴトハンターの戦闘訓練



 野次馬の嘲笑が満ちる訓練場。


 ハンターギルドの裏庭に当たるそこには、多くの現役ハンター達が嘲りを浮かべ、ギルドの職員達が心配そうな顔で集まっていた。そして俺の仲間であるアンネロッテは怒りを堪え、ニーナは怯えと心配のない混ぜとなった顔で俺を見詰めている。



「武器は貸し出しの木製武器を使うからな、好きなのを選びな! 木製だからって当たりゃケガするからよぉ、精々気を付けるんだなぁ!」


「魔法は使っても良いのか?」


「好きにしやがれ。Fランのママゴトハンター如きの魔法なんざ、役に立ちゃしねえだろうがなぁ!!」



 俺と対峙する現役Dランクハンターのブロスが、ゴツイ長柄の木剣――グレイヴってやつだな――を膂力に任せて振り回している。対する俺は、片手での取り回しの容易な短剣を選んだ。一般的な両刃のショートソードだな。



「明らかに死ぬような一撃を入れるか、降参を宣言したら終わりだ! 覚悟は良いなママゴトハンターさんよぉ!?」


「お前こそ、もし負けたらさっきの侮辱の言葉を撤回し、謝罪してもらうぞ」


「おおこえぇ怖ぇ! やれるもんならやってみやがれ!!」



 視線で火花を散らす俺達に、観客の野次馬どもが一際大きな歓声を上げる。それを皮切りに、木製グレイヴを振りかぶりながらブロスが突進してくる。

 俺はショートソードを構えながら魔力を放出し、すぐさま魔法の詠唱を開始した。



「地よ弾けろ、我が敵を穿て――――【岩の礫弾ロックバレット】!」



 土属性のれき弾を飛ばす魔法が完成し、こちらに突っ込んでくるブロスへと殺到する。しかし――――



「こんな石ころで俺様が止まるかァ!!」



 拳大程の十数個の石礫いしつぶては、ブロスが振り回すグレイヴによって叩き落とされ、あるいは躱されてまるで効果が無い。ブロスは多少勢いを減らしはしたが、弾幕を掻い潜って俺の目前に迫っていた。



「オラァ!!」


「ぐうっ!?」



 上段に振りかぶりそのまま俺の頭を狙い振り下ろされるグレイヴを、俺はショートソードで斜めに受け、なんとか逸らして払う。言うだけあって大した膂力だ。そう何度も短剣で受け止められるものでもないな。


 長柄のグレイヴの利点はそのリーチと、槍と違って斬ることに適した大きな刃のその重さだ。リーチの短い短剣では不利なのは分かってはいたが、魔法も使う以上両手剣では立ち回りが難し過ぎる。

 何とか距離を取り魔法を当てることに専念するか、それともせっかく縮まった間合いを捨てず、ショートソードの回転力を活かして接近戦を挑むか。この期に及んで俺は決めあぐねていた。



「オラァどうしたママゴトハンター!? さっきまでの威勢はどこ行ったんだよォ!?」


「まだ始まったばかりだろうが……! それよりお前、さっきの上段……殺す気だっただろ?」


「俺様を差し置いてセシリアちゃんと楽しそうに喋りやがってよォ。前からテメェのことは気に入らなかったんだよォ……ッ!」


「これだけの観衆が居るのに、事故で済ませられる訳がないだろうが。せっかくDランクに上がった実績を棒に振るつもりかよ!?」


「うるせぇ! 本当ならC……いやBランクくらいの実力は軽く持ってるんだよ俺様は! それをなかなか昇格させやがらねえ連中の評価なんぞ、知ったことかよォ!!」



 力任せのグレイヴの斬撃を身を屈めて躱し、短剣で受けて逸らし、流れた柄を掴んでブロスに蹴りを見舞う。

 上手いことみぞおちに刺さった俺の蹴りは、ブロスの勢いを殺し、手を止めさせることに成功した。



「ぐふっ、て、テメェクソガキがぁ……!」



 殺意すら込もった剣呑な視線を俺に向け、長柄を杖代わりにして腹を抑え膝を着くブロス。俺はこの好機をものにするために、バックステップで距離を取り初級ではなく中級の魔法を詠唱する。初級の【岩の礫弾ロックバレット】では通用しなかったから、念のためだ。


 すぐにブロスは体勢を整え、俺に一撃を加えようと追いすがってくる。



「炎よ連なれ、その身を編み空を裂け――――【炎の鞭フレイムウィップ】!」



 火の中級魔法。本来は形無き炎に形を与え、意のままに操る魔法だ。俺は炎で鞭を創り出して、迫り来るブロスに向けて振るう。



「ぐあっ!? こんの、クソガキゃああああッ!! ぶっ殺してやるぁあッ!!」


「はっ! 何が試合だ、何が戦闘訓練だ!? それがお前の本性だろう!?」


「黙れママゴト野郎があああーーーッッ!!!」



 ブロスはもはや完全に理性が飛んでしまっている。その目は明確に俺を敵と認識し睨み付け、振るうグレイヴには間違いなく殺意が乗っている。

 幾度となく炎の鞭で打撃と火傷を与えているが、防御すら捨て、俺に接近しようと我武者羅に武器を振り回し突っ込んでくる。っていうか頑丈だなコイツ!?



「死ねぇええええええーーーッ!!!」


「しまっ……ぐあッ!?」



 ブロスの太い腕に炎の鞭が絡め取られ、その隙を突いてグレイヴが振り抜かれる。なんとか短剣を身体との間に挟み込めたが、力任せに振られた威力に抗えず、俺は吹き飛ばされてしまう。



「ぐうっ……くっ! 風よ!」



 俺は咄嗟とっさに風魔法を発動し、起こした風で飛ばされた身体を受け止め、なんとか体勢を崩さずに着地する。が、しかし――――



「ッツ!? クソっ!?」



 防御自体はギリギリ間に合ったが、胸に走る痛みで思わず膝を着く。

 受け止めきれていなかった……! 肋骨にヒビでも入ったかもしれないな……!


 だが……今の一撃で明確に分かった。

 ブロスは本気で俺を殺そうとしている。だったら俺も相応の覚悟を持つべきだ。俺を殺そうとする奴に、試合だからと加減をしている余裕はない……ッ!




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