第二十三話 ママゴトハンターの怒り



「んな!?」

「ふええっ!?」



 いや、いやいやいや!? いきなり何を言い出すんだセシリアさんこの人は!?


 突拍子もないそんな言葉に、顔に熱が集まるのを感じる。横目で窺えばアンネも顔を真っ赤にして、口をパクパク動かして絶句している。


 そうだよな……、この旅はそんな浮ついた目的のためにしてるわけじゃない。それを知っているアンネがのも当たり前だ。

 こんなことくらいで、少しでもを想像した俺が恥ずかしいよ。



「そ、そんなわけないじゃないか。俺にはあくまで旅をするという目的がある。ハンターになったのは、保護したニーナを同行させても路銀が稼げるようにと思ったからだしな」


「そうだったのですね。素晴らしいことだと思います。しかしそうですか……。いつも品質の良い薬草を納品してくださいますし、頼もしい新人さんだと期待していたのですが……寂しくなりますね……」



 おいおい。たかが薬草取りくらいしかできないハンターにそこまで言ってくれるなんて。本当にセシリアさんは分け隔てなく優しい、まるで聖女のような女性ひとだな。

 ……あの、ところでアンネさん? どうして恨めしそうな目で俺を睨んでいらっしゃるのでしょうか……? えぇ……? 俺なんかしたかな……??



「おいおいママゴトハンターさんよぉ! いつまでセシリアちゃんの前を独占してるつもりだあ!?」



 俺がアンネの謎の圧力に戦慄していると、突然そんな声が俺達の間に割り込んできた。

 声のした後ろへ顔を向けると、そこには取り巻きを連れた体格の良いイカつい男が、こめかみに青筋を立て酷く苛立った様子で立っていた。



「ブロスさん! サイラス様は大切なお仕事の相談をしてくださっているんです! いくら格上のDランクハンターといえども、順番は守ってください!」



 なるほど、コイツはブロスというのか。

 筋骨隆々な身体に帷子かたびらまとい、その上から胸鎧と肩当て、そして腰当てを着けている。装備は動きやすさを重視して揃えているみたいだな。



「それと……。いつから私がものになったのですか?」



 そこは俺も引っ掛かっていたところだ。

 セシリア嬢……セシリアさんが特定の男性と、それもハンターと親交があるなどという話は聞いた事が無い。貴族社会であれば、そんな虚偽を吹聴するのは侮辱として取られ、決闘を求められてもおかしくないぞ……?



「気に入らねぇなぁ……! どうしてDランクの俺様がブロスで、Fランクでド新人のママゴトハンターがなんて呼ばれてんだあ!? テメェセシリアちゃんにナニか脅しでもしてんじゃねぇだろうなあ!?」


「ですから! いつ私があなたのものになったのですか!!」


「セシリアちゃんはいいから黙ってな!! おいママゴト野郎、訓練場にツラ貸せや。なぁにただの試合だ試合。先輩ハンターであるこの俺様が、女子供を連れてヘラヘラやってるテメェに戦闘訓練を付けてやるよ。逃げやしねぇだろうなぁ?」


「サイラス様! 受ける必要なんてありませんからね!?」



 ブロスとやらの理不尽な物言いに、いつも穏やかなセシリアさんが初めて見るってくらい声を荒らげている。



「この者、あまりにも不敬が過ぎます。サイラス様、粛清の許可を」



 あげくの果てにはアンネまでもがお怒りの様子だ。ニーナは抱いている俺の首にしがみついて、完全に怯えてしまっている。


 だけど……ちょっと待ってくれよ。



「……いいだろう」


「「サイラス様!?」」



 俺の言葉に息ピッタリで驚きの声を上げる、アンネとセシリアさん。まさか受けるとは思ってなかったんだろうな。

 って、おいブロス? どうしてお前まで驚いてるんだ? 俺が受けたりせず、アンネに頼んだりもしくはセシリアさんに泣き付くとでも思ってたのか?



「お、お兄ちゃん……?」


「大丈夫だニーナ。少しの間だけ、アンネお姉ちゃんと一緒に居てくれ。お兄ちゃんはこのおじさんと戦ってくるから」


「サイラス様!? わざわざ貴方様が戦わずとも、私にご命令下されば直ちに――――」


「アンネ。これは、俺がやらなきゃならない事だ。ニーナを頼むぞ。セシリアさん、訓練場を借りるよ」


「サイラス様……!?」



 有無を言わさずに。

 心配してくれているアンネやニーナ、セシリアさんを押さえ込み、俺は顎でしゃくってブロスを訓練場へと促す。



「いい度胸じゃねぇか……! そのカッコイイ態度がハッタリじゃねぇことを祈るぞぉ、おい?」



 やんややんやと野次と罵倒、そして嘲笑がギルド内に沸き上がる。


 そういうことだろうさ。

 とどのつまりここに居る皆、俺みたいなぽっと出の若造がアンネやニーナのような、見目の良い女の子を侍らせて、なおかつ聖女のようなセシリアさんに目を掛けられているのが気に食わないんだろう。


 気持ちは分からなくもないさ。俺だって一応は男だからな。

 ……だけどな。



「俺にだって譲れないものがある。俺のやっている事をママゴトだのと揶揄やゆするなら勝手にすれば良い。だが……」



 『ヘラヘラ』だと……?

 慣れない初めての旅で。名誉と誇りを取り戻すためのこの旅で、アンネは一所懸命に俺を支えてくれている。ニーナは辛い事があったにも関わらず弱音も吐かず、頑張って同行しようと努力してくれている。


 そして俺は……!



「懸命に考えて。この旅を完遂するために皆で努力をしているそれを、お気楽なものと捉えられるのは我慢できない。お前らにとってはママゴトみたいな依頼だろうが、俺にとってはニーナのため危険を避けるための大切な依頼だ。そしてそんな依頼にも、それを他者に頼まねばならない願いを込めた依頼人が居る。それを『ヘラヘラ』だと? 巫山戯ふざけるんじゃねぇよ……!」





 このディーコンの街からの旅立ちがいよいよ迫っていた……そんな時だったのに。

 晴れやかな気持ちに暗雲が立ち込め、それに呼応するように俺の心中も荒れ模様となってしまった。


 俺はこうして、二階級も格上であるDランクハンターのブロス曰く、〝戦闘訓練〟を受けることになったのだった。




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