第二十一話 薬屋に【土下座】、そして自由へ



《心からの誠意ある謝罪を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》



 そのアナウンスが響いた瞬間、俺の身体はスキルによって主導権を奪われ、もはや慣れも生じているその所作をなぞっていく。

 背筋を伸ばし両脚を揃え、崩れ落ちるように床に膝を着く。毎度の事ながら、この膝を着く時もなかなかに痛いんだよなぁ……!


 背中を曲げずに腰から折り、両手を床に着く。そうだよな、薬とかが溢れたりするかもだもんな。そりゃあ掃除のしやすいだよなぁ……!!


 両手を着いたら肘を曲げ上体を更に倒し、額が床に吸い込まれるように――――



 ――――ゴヅンッ!!!



「なっ……!?」


「お兄ちゃんッ!?」



 あ、があああああッ!! 痛い! 痛いッ!!


 慣れも手伝ってか額の状態が手に取るように分かる。パックリと割れた俺の額から……石の床に擦り付けられる額から、俺の血が溢れ床と肌を濡らしているのが分かってしまう。


 初めて【土下座】を見たであろう薬師の男性や、なぜ俺が【土下座】をしているのか事情を理解していないであろうニーナが、戸惑いの声を上げたのが聴こえた。アンネはさすがにもう俺の【土下座】には慣れたようで、大人しく無言で見守ってくれているようだ。



「貴方の領都での生活を壊し、奪い、この街へと追いやった俺の過去の愚行、心から反省している。水に流してくれなどと都合の良いことは言わない。せめて俺の謝罪だけでも、受け取ってもらえないだろうか……!」


「な、何を……!?」


《ユニークスキル【土下座】の効果波及を確認。対象:シガーニーの敵愾心が二四%低下、畏怖が四六%上昇しました。危険は感知されていません。謝意を伝えるためには畏怖を取り除いてください》



 いや、なんだって? 畏怖が……? これは初めて聴くパターンだぞ!?


 ……そうか! 元から俺を恐れていた人間が突然【土下座】をされても、意味が分からずかえって恐怖を助長してしまうということか……!!



「勘違いしないでくれ! 俺にはもう、貴方に危害を加えるつもりはないんだ! これは俺なりの、精一杯の謝罪の形なんだ!」



 不意に頭を動かせるようになった俺は、慌てて薬屋の店主――シガーニーさんに弁明する。顔を上げてシガーニーさんの目を見て、俺に害意がないことを分かってもらうために言葉を放った。



「聞いてくれ、俺は過去の行いを悔いている。心から反省し、家を出てこうして謝罪をして回っているんだ。自分の力で旅を成し遂げるためにハンターにもなった。頼む、恐れずに信じてくれ!」



 簡潔に分かりやすく、俺のとっている行動や旅の意図を伝える。すると再び身体がスキルに縛られ、俺の頭は石の床へ――――



 ――――ガヅンッ!!!



 あっぎゃああああああああッッ!!??

 油断してたッ!! まさかまた頭を振り下ろすことになるなんて!?



《ユニークスキル【土下座】の効果の追加波及を確認。対象:シガーニーの敵愾心が三一%低下、畏怖が二六%低下しました。危険は感知されませんでした。解析報告を終了します》



 待って、ちょっと待って……ッ! 割れた額を更に打ち付けるとかなんなんだこのスキルはちくしょうッ!? あぐぁがががが……ッ!? 今までで一番痛い!! これ額だけじゃなくて頭骨にヒビでも入ってねぇか!?



「さ、サイラスさま……! ど、どうか頭を上げてください!? 充分、もう充分伝わりましたからぁッ!!??」



 うん、それもちょっと待って……! 痛くて動けねぇんだよぉ……ッ!!


 バタバタと、頭の上で薬師のシガーニーさんが慌てふためく気配を感じる。

 スキルの拘束から解放された俺は、ゆっくりと、あまり傷を刺激しないようにソロリと頭を上げていく。



「も、もう気にしていませんから! 私もこの街に馴染みましたし、そのお言葉が聞けただけで充分ですっ! ですからどうか! 起きてくださいっ!!」


「お兄ちゃん、血がっ! 血がいっぱいだよぉーーッ!?」





 ◇





 とまあ、依頼主である薬屋での、そんな波乱に満ちた謝罪の一幕を思い返しながら俺は。

 場所を鍛冶屋へと移し、セルジオさんによって枷を外されていくニーナの様子を、ボーっと眺めていた。


 ちなみに俺の額はスキルの効果でキレイサッパリ、憎らしいほど完璧に治癒している。薬師のシガーニーさんも目を丸くして驚いていたな。



 ――――ガチンッ! ガチャンッ!



 セルジオさんの手によって、鋼の枷が音を立てて床に落ちた。

 そこには両手も両足もようやく枷から解放された、俺の旅の仲間である少女が――本当の意味で自由となったニーナが、喜色満面といった様子で手足を動かしている。



「ふぃい〜っ! 久し振りに大仕事だったぜぇ……! どうだい嬢ちゃん?」


「軽い! 動きやすいよっ!」


「良かったな、ニーナ。これでようやく自由に走り回れるな!」


「おめでとうございます、ニーナ」


「ありがとうお兄ちゃん!! アンネお姉ちゃんもッ!!」



 おっと! ははっ! ニーナめ、飛び付いてくるほど嬉しかったか!

 俺の胸に飛び込んできたニーナを抱き上げてクルクルと回してやると、本当に、満面の笑みで笑い声を上げてくれる。


 良かったなニーナ、本当に良かった……!

 思わずゆるむ涙腺が決壊しないよう堪えながら、俺はしばらくそうして、ニーナと笑い合っていたのだった。





 ちなみにだが。薬師のシガーニーさんには、これからこの街にしばらく滞在すること、そしてFランクハンターとして採取依頼を受けることもあることを伝え、了承してもらえた。

 最初は半信半疑のようだった彼も、ギルドのセシリア嬢が持たせてくれた紹介状に目を通してからは、俺の言葉を信じてくれたようだったな。


 だけどまだまだこれからだ。俺はまだ、謝ることができただけに過ぎない。俺が心を入れ替えたことを、これからの行動で示していかねば意味が無い。


 ニーナも自由を取り戻せたことだし、装備を整えて早速採取依頼に向かうとしよう。




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