第十九話 今後の予定と冷えたジュース



 一通りの説明を聞いただろうが、重ねて他に確認事項が無いか質問した俺に対し、受付嬢はニコリと微笑んで説明を続ける。



「ご確認下さり、助かります。それでは一点。ハンター証の偽造は重罪となりますので、発見次第登録抹消の上賠償金をお支払い頂き、提携国の執行機関に身柄を引き渡されます。くれぐれも、そのような愚かな行為はなさらないで下さいね。


「それから、受注出来る依頼のランクについてですね。基本的には自身のランクより下の物でしたらどれでも受注できます。ただランクが上の物ですと、自身のランクの一つ上までしか受注できませんのでご注意下さい。パーティーを組まれた際は、パーティー内の最高ランクの方に準じた依頼を受けられます」


「分かった、気を付けよう」


「依頼はそちらの掲示板に早朝貼り出されます。お好きな物を選び、受付カウンターまでお持ち下さい」


「説明ありがとう。まあ今日はとりあえず登録するだけだから、用事もあるしまた後日見てみる。ああそうだ、ちなみにだが……」


「なんでしょう?」



 俺はこれからの旅で路銀稼ぎにハンターをやっていく上での、一つの懸念事項を尋ねておくことにした。



「小さな子を連れての依頼受注は可能か? 十歳の子供を保護しているんだが、旅に同行するその子にあまり危険のない依頼を斡旋してもらったりは……」


「そうですね……。街の外での依頼になると絶対安全とは言えませんが、採取系や荷運び、奉仕系の比較的危険の少ない依頼でしたらご紹介できるとは思います。掲示板にお求めの依頼が無ければ、受付にご相談下さい」


「そうか、助かる。その時はよろしく頼む」


「はい。それでは、新人ハンターお二人の幸運をお祈りしています」



 なんとも気持ちの良い応対を受けてしまった。客だからだろうが、女性に笑顔を向けてもらえるのは悪い気はしないものだな。

 …………ってあの、アンネさん? さっきからヤケに静かだと思っていたら、どうして俺を睨んでいるのかな?



「サイラス様は……あのような軽薄な笑顔ばかり浮かべる女性がお好みなのですか? ずいぶんと熱心に会話されていましたが……」



 違うからね!? 別にあの受付嬢にデレデレなんてしてないからね!? 大事な説明だから真剣に聞いてただけだから!?





 ◇





「ただいまニーナ。帰ったよ」



 宿で借りている部屋の戸をノックして、中で留守番をしている少女に声を掛ける。すると薄い扉越しにパタパタと駆け寄ってくる音が聴こえ、内側から鍵が外され戸が開いた。



「おかえり、サイラスお兄ちゃん! アンネお姉ちゃんも!」


「ただいまニーナ。良い子にしてたか?」


「ただいま戻りました、ニーナ。お昼ご飯を買って来ましたので、食事にしましょう」



 ハンターギルドで登録を済ませ、俺とアンネは屋台で簡単な食事を購入して、滞在している安宿へと戻った。

 二日連続でニーナを独り留守番させているのも気が引けたし、何より彼女はまだ本調子じゃないからな。



「二人とも、ハンターさんになれたの?」


「ああ。これがハンター証だ。まだ駆け出しのFランクだが、これで路銀を稼ぎながら旅ができるぞ」


「ふわぁ! スゴい、カッコイイね!」


「そうか? まあ、それより食事にしよう。ニーナも明日にはその枷が外せるからな。思い切り走りたいだろうが、沢山食べて体力を付けないと、すぐに疲れてしまうぞ?」


「うん! お兄ちゃん、ありがとう!」


「ニーナは素直ですね。串焼きと果汁をどうぞ」



 アンネから屋台で買った串焼きを受け取り、美味そうに頬張るニーナを眺めながら、俺はこれからの予定を頭の中で考える。


 明日はセルジオさんの鍛冶屋に行って、約束通りニーナの手枷と足枷を外してもらう。それが済んだら、ニーナの旅の道具や衣服も買いに行かないとな。

 それから出来ればハンターギルドに寄って、安全かつ実入りの良い依頼が無いか問い合わせてみよう。そんな都合の良い依頼など真っ先に他のハンターに取られているかもしれないが、その時は多少稼ぎが悪くてもできる範囲で依頼を受けて、少しでも路銀を貯めないとな。


 それと本来の旅の目的――俺の愚行で迷惑を掛けた人への謝罪も進めなければ。この和やかな光景を目にしていると、つい忘れてしまいそうになってしまう。

 だけどそれじゃいけない。俺はエリィに……妹のエリザベスに絶対に帰ると約束したのだから。今夜ニーナが眠った頃に、アンネロッテにそれとなく次の人の情報を尋ねてみることにしよう。


 ただ、それまでは……



「お兄ちゃん! この果汁すっごく美味しいよ!」


「はは、そうか。どれ、ちょっと貸してみな。アンネ、綺麗な布を広げてくれ」


「……? どうなさるのですか?」


「こうするのさ。水よ集まれ。凍てつき固まれ――――【氷生成アイスメイク】」


「ふわぁっ! これ、氷!?」


「コレをこうして果汁に入れて、冷やして飲むんだ。こうした方が美味いぞ」


「また、普通でない魔法の使い方を……」


「良いじゃないかアンネ。アンネも使って試してみろよ。戦いだけじゃなくこうして生活にも役立てた方が、魔法の神様もきっと嬉しいだろうさ」


「美味しい! 冷たくて美味しいよお兄ちゃんっ!!」


「うっ……で、では、私も…………ッ!? コレは……ッ!?」


「な? 美味いだろ? ただあんまり冷たい物ばかり腹に入れると痛くなるから、飲み過ぎと氷の入れ過ぎには注意しろよ?」



 前世の記憶にある魔法の活用法も、こうして俺達だけで楽しむだけでなくて、何か金稼ぎの種にでもならないもんかな……?



「サイラス様、果汁のお代わりを希望します」


「いや、飲み過ぎると腹を壊すぞって今……」


「果汁のお代わりを希望します」


「路銀も節約しないと……」


「私がハンターとして稼ぎます。お代わりを希望します」


「…………はぁ、分かった。ニーナの分も買ってきてやれよ?」


「行って参ります!」



 相変わらずアンネの押しには弱いな、俺は。

 そう溜息を吐きつつ、ニコニコと果汁と串焼きを交互に口へ運ぶニーナを眺める。


 まあ、いいか。どのみち長い旅になることは承知の上なんだ。たまにはこんな風に休息も必要だろう。

 そう心の中で区切りを付けた俺は、慌てて串焼きを喉につかえさせたニーナの背中を、そっと撫でてやるのだった。




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