第十七話 初めての依頼達成



「ぐ、がぁあァクソッ!! アンネっ、今だッ!!」



 スキルによる身体の支配から解放された俺は、痛みを堪え顔を上げ、届けとばかりに指示を飛ばした。



「ギギィイアアーーーッ!?」

「ギャブアッ!?」

「アギャアアーーッ!!??」



 立て続けに断末魔の悲鳴を上げるゴブリン達。射手アーチャーを二体とも失ったゴブリン達には、もはや鋭く舞い回るアンネロッテを止める手立ては無かった。


 そして。



「ゴブブルァアアアーーーーッッ!!??」



 群れの統率者であっただろう体格の良いホブゴブリンが、首の前面を深々と切り裂かれ、絶叫と共に地面に崩れ落ちた。



「サイラス様ッ!!」



 最後の一体までをも切り伏せたアンネが、慌てたように俺の元へ駆け寄ってくる。



「ご無事ですか!? 先程のアレは一体……!?」



 普段は無口で無表情なアンネだというのに、この旅に出てからというもののずいぶんと慌てさせ、振り回しているな……。

 そんな事を頭の片隅で思いながらも、俺は余韻のように未だに少し痛む頭を擦りながら、ぎこちなくアンネに笑顔を向ける。



「ユニークスキル【土下座】の派生スキル、【スライディング土下座】というらしい。〝戦闘用派生スキル〟とか、頭の中の声は言っていた」


「戦闘用…………あの地を滑る【土下座】がですか……。それでは直前のあの回避や防御は……?」


「前にも言ったと思うが、【土下座】発動中は俺の身体は自由が効かないんだ。スキルに操られるように動いて、声も視線も俺の自由にはならない。とは言え、アンネには心配掛けて悪かっ――――」


「お待ちをサイラス様。〝誠意ある謝罪・嘆願〟が発動の起点となるのでしたら、迂闊うかつには謝らないでください。それよりも私はゴブリン相手に頑張りました」



 謝ろうとした俺の言葉が、アンネに遮られた。



「あ、ああ。だが俺の迂闊な行動のせいで襲われたんだ。本当に済ま――――」


「私はゴブリン相手に頑張りました」


「あ、ああ、もちろん分かって――――」


「頑張り、ました」



 ええぇ……! どうすりゃ良いんだよ……?

 見ればアンネは若干顔を伏せながらも、上目遣いで俺を見上げている。この仕草は…………



「…………ありがとな、アンネ。助かった」



 俺は戸惑いながらも、手の平をポンとアンネの頭に置いて優しく撫でた。……まだ小さく、仲良く過ごしていた頃のように。



「はい。ご無事で良かったです、サイラス様」



 その目尻を若干程度に緩めて、ほのかに頬を染めて。

 アンネはゴブリン達の死骸処理へと踵を返したのだった。


 おっといけない。俺は本来の目的のケナル草を採取しなくては……!





 ◇





「間違いねぇな。全てケナル草だ。……なんだか大変だったみてぇだな?」


「まあ、ずいぶんと命懸けの勉強にはなったな。だが店主、これで約束通りニーナの枷を外してくれるんだろう?」


「ああ、任せろ。二日後までには枷を外す道具をこしらえてやる。その頃にまたあの嬢ちゃんを連れて来な」



 ケナル草を無事に採取した俺は、討伐したゴブリン達の報告や魔石の換金はアンネに任せ、一足先に鍛冶屋の店主セルジオさんの元へとやって来ていた。お母上が病だと聞いたし、できるだけ早くケナル草を届けてやりたかったからな。



「助かる。半値の小金貨五枚は必ず払うから、ニーナのこと、よろしく頼む」



 俺は半額にしてもらえる工賃手間賃は必ず払うと、改めて約束する。しかしそんな俺に。



「いや、今回はタダでいい」


「…………は?」



 一瞬何を言われたのか理解できなかった俺は、思わず間抜けな声で聞き返していた。いやだって、昨日は散々渋ってたじゃないか……?



「今回頼んだケナル草なんだがな、元々ウチを贔屓ひいきにしてくれてたハンター達にいつも依頼してたんだ。だがソイツらのランクが上がってな……。なかなか受けてくれねぇ、受けても何かのついでの後回しって有様でな。昨日の今日で採ってきてくれたお前さんには、これでも感謝してるんだ」



 セルジオさんは昨日の剣幕が嘘だったかのように、優しい顔をしてそう話し始めた。



「それにその服の惨状を観れば、お前さんがどんだけ苦労してコイツを採取してくれてきたか、鍛冶屋の俺には良く分かる。傷が一切無ぇのは不思議だがな。……いや、腕の包帯の傷は本物だな」



 そうなのだ。あの戦闘の後、新たなスキル【スライディング土下座】で負った手の平の負傷も、膝も、額も。例に漏れずにすぐに治癒してしまったのだ。お陰でそこには一切怪我をしていないのに、ズボンの両膝部分だけがビリビリに破けている状態だ。



「ホブゴブリンが率いるゴブリン十体に襲われてな。俺の迂闊な行動のせいで、またニーナを独りにしてしまうところだったよ」


「そいつは災難だったな。まあ何はともあれ、無事で何よりだ。そんでまあ、薬の材料とは別に、あの嬢ちゃんのためにそこまで必死になるお前さんに……ちぃっと感化されちまってよ。なんだか照れ臭せぇな……っ!」



 そう言って頭をガシガシと掻くセルジオさん。

 俺は俺で自分の必死な行動が、命懸けの戦いがこうして報われたことに、えも言われぬモノを感じていた。



「それは……助かるッ! ありがとう!!」


「あん? 俺、お前さんに名乗ったっけか?」



 しまった……! 喜びのあまり、ついを口にしてしまった。ここでまた心証を悪くするわけにはいかないぞ……!



「ははは……っ、け、ケナル草の情報収集の時に、ギルドでちょっとな……!」


「そうかい。まあこの町で鍛冶師っつっても俺くれぇなモンだからな。それじゃあ俺は早速薬を作ったら、道具の準備に入る。そんなワケだから、今日はもう帰った帰った」


「あ、ああ……! よろしく頼む、セルジオさん……!」





 こうして。旅に出てまだ二日だというのに、本来の旅の目的は何も果たしていないというのに、ずいぶんと慌ただしく忙しい、最初の町での最初の俺の役目は無事に終わったようだった。

 この二日後には、盗賊から救ったニーナも本当の意味で自由を得て、より明るく笑顔を見せてくれるようになるだろう。


 ……そういえば【スライディング土下座】はどうして解放されたんだろうな? 普段の【土下座】と一体、何が違ったんだろう……? この謎多きスキル【土下座】についても、追々解明していかないといけないかもな。


 だけどまぁ……とりあえずは。

 できればもう、【スライディング土下座】は使いたくないなぁ……!!




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