第十四話 初めてのお使い
『〝ケナル草〟てぇ薬草を、十株採取して来な。それが出来たら半値の小金貨五枚で枷を外してやる』
『薬草を……? 誰か病気なのか?』
『お袋がな。で、どうなんだ? やるのか、やらねぇのか』
『やるさ。絶対に集めてまた来る。だから待っていてくれ』
セルジオさんの鍛冶屋で、路銀が心許ない俺は枷を外す代金を負けてもらうために、こうして薬草を採取する依頼を受けた。
合流して事情を説明したアンネ……アンネロッテに聞いたところ、ケナル草とは主に老人が
症状を聞いてみると前世の記憶が掘り起こされ、〝肺炎〟という病名が思い浮かんできた。しかし病に関してはそう詳しくはなかったのか、〝抗生物質〟だのと言葉は浮かぶものの、詳細は分からなかった。
「それでアンネ、そのケナル草という薬草はどこで採取出来るんだ?」
「ハンターギルドで集めた情報によれば、この辺りの森のやや深部に群生地があるそうです」
町の入場門から出て行く者達の列に並ぶ俺とアンネは、
ニーナは宿で休ませている。未だ本調子ではないし、手枷足枷を着けたままでは森の移動は困難だろうという判断からだ。
出がけに不安そうな顔をされたが、必ず戻ることと、俺達以外の者が声を掛けても鍵を開けないことを約束し、なんとか留守番を納得させた。
「群生地ということは沢山生えてるんだよな? 十株と言わずもっとたくさん採取してくれば、店主の心証も良くなるんじゃないか?」
「いいえ、サイラス様。ケナル草から作る治療薬は劣化が早く、保存が利かないそうです。なので余分に採取しても無駄になってしまうでしょう。聞けば鍛冶屋の店主は、定期的にハンターギルドに採取依頼を出しているそうです」
「なるほど、保存のことまでは頭が回らなかったな。ならハンターギルドで買取なんかはしていないのか? ケナル草だけでなく他の薬草類や、魔物や獣の素材なんかをさ」
「買取は可能ですが、登録されたハンター以外ですと審査に手間が掛かるようです。盗賊等の犯罪者でないかの確認等ですね。またハンター以外の買取価格はかなり手数料が引かれるようです」
「そうか。路銀の足しになればと思ったが……」
「この依頼を達成したら、ハンター登録なされてはどうでしょう? 貴族身分の者でもなれない訳ではありませんし、何でしたら私が登録しても構いませんが?」
アンネの提案にしばし考えを巡らせる。
ハンターとは、住民や領地から出される依頼を対価と引き換えに請け負う者達の総称だ。
細かく分類すると各々専門分野があるらしく、有名なもので言えば〝トレジャーハンター〟や〝モンスターハンター〟、それから〝バウンティハンター〟等が存在する。
トレジャーハンターは、主にダンジョンに潜って貴重な魔導具等をターゲットにしている者達だな。
モンスターハンターは、多種多様な魔物を討伐する事を
バウンティハンターは、俗に賞金首と呼ばれる犯罪者達を追う者達のことだな。時には賞金が掛かった魔物も狙うらしい。
ん? 〝冒険者〟……? なるほど。前世の
〝異世界ファンタジー〟? 〝ラノベ〟みたい? ……すまん前世の俺よ、何が何だかサッパリだ。
ともあれ、俺はある程度の魔法も使えるし、アンネは近接戦闘の腕は確かだ。ハンター登録証は身分証にもなるらしいし、この先旅を続けるにも、いちいち身分を明かしたり町への入場料を取られることも無くなるのだから利は大きい気がする。
「それも視野に入れておこう。ニーナに危険の無い依頼ばかり受けることになるかもしれないが、行く先々で路銀を稼げるのは大きいからな」
「では鍛冶屋の店主の依頼を達成しましたら、一度ハンターギルドにも立ち寄ってみましょう」
「ああ。だけどそれよりも、まずは店主の依頼に集中しないとな」
そう話している間に列は進み、俺達は町への入場料と同じ額を二人分払って、街道へと踏み出した。
◇
「森に足を踏み入れたのなんて、子供の頃に父上の狩りについて行った時と、学院の野外実習の時くらいしか無いんだよなぁ……」
慣れない獣道を、時折現れる樹の根に足を取られながらも、なんとか奥へと進んで行く。
先を行くアンネはさすがと言うべきか、
「そのマチェットはどうしたんだ? アンネの武器は短剣だっただろう?」
「ハンターギルドでの情報収集の際に、隣接する武器屋で中古の物を購入しました。主武器で茂みを切り払うなどしては、植物の汁や枝などですぐにダメになってしまいますからね」
「なるほど、さすがアンネだな。頼りになる」
「はぅッ!?」
おお? 珍しくアンネが足を取られて転びそうになったぞ? まあその後すぐに立て直してたから、怪我の心配は無さそうだけどな。
「大丈夫かアンネ?」
「だ、大丈夫ですっ! お気になさらず……ッ!」
なら良いんだが…………森の中で蒸し暑いせいか? やけに耳が赤くなっているんだけどな……?
森に入って一刻半くらいか。時折アンネが陽の位置や周囲の特徴を確認しては地図と照らし合わせ、地図上の現在地を更新しながら奥へ奥へと進む。
そして。
「この近辺にケナル草の群生地があるはずです」
アンネが足を止め、俺に地図を示しながらそう教えてくれる。
「結構歩いたな。さすがに街道と違って、かなり体力を消耗するもんだな」
「一度休息を挟みますか?」
「いや。ニーナが心細い思いをしているだろうし、俺も出来れば早く帰りたい。このままケナル草を探そう。ちなみにケナル草の見た目ってどんなのなんだ?」
「ハンターギルドで薬草の絵を見せてもらいましたので、模写してきました。こちらです」
「ふぅん……? なんだかギザギザしていて痛そうな葉の形をしてるな」
「葉の部分と根の部分、両方が薬の生成に必要だそうです。周囲を余分に掘り、採取してから土を落とすと綺麗に収穫出来るそうですよ」
「なるほど分かった。道具はあるのか?」
「最初の道具屋でスコップも購入しています。恐らく薬草等が必要になることを見越してでしょうね」
凄いな
「そうか。じゃあそれはアンネが使うといい。俺は土魔法で地面を操れば採取できるだろうしな」
「……サイラス様は変わった魔法の使い方をされますね……。身体を清めるために水魔法を使ったり、今度は薬草を採るために土魔法ですか……」
そう言われてはたと気付く。
この世界では魔法は攻撃と防御、そして支援や治癒と、主に戦闘行為ばかりに活用されている。魔法とは戦いの道具だというのが世間一般の常識なのだ。
ならばなぜ……と思い至った所で、俺は前世の四ノ宮夏月の記憶を確認する。
……また〝ラノベ〟か。
なるほど? 創作物の一種で、そこでは地球とは違う魔法のある世界のことを〝ファンタジー異世界〟と云い、四ノ宮夏月と同じ日本人が魔法を創意工夫して活躍する物語が多いのか。
この知識はこの先、かなり参考になりそうだな。
「ま、まあ、ちょっとした閃きだな。さあ、遅くならないように急いでケナル草を探そう」
「分かりました。頑張りましょう、サイラス様」
いつものごとく無表情なアンネと手分けをして、彼女は憶えたと言うので借りたケナル草の絵を睨みながら、周辺を探索する。
そうして探索を始めて四半刻ほどが経過しただろうか。
「あった! あったぞアンネ!! 見付けた!!」
俺の目の前には、絵とそっくりな野草がたくさん生えている光景が広がっていた。
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