第十三話 頼みの綱の鍛冶師に【土下座】



「こりゃあダメだな。鍵穴も完全に錆び付いちまってるし、そのくせ良い鋼を使ってやがる。こんな枷をどっから手に入れたんだか。怪我をさせずに安全に外すってんなら、金貨一枚は貰いてぇ大仕事だ」


「きん……っ!? おいおい店主、冗談だろ? たかが枷を外すだけだろう?」


「きんか……っ!?」



 最初の町〝ディーコン〟へと辿り着いた俺は早速、忌々しいニーナの枷を外すために、門番に聞いた鍛治職人の店を訪ねていた。ちなみにアンネは例の盗賊の頭目の首級を警備隊に届け出て、事情説明の最中だ。


 そんなこんなで、こうして法外な値段を吹っ掛けられているのだが……



「バカ言ってんじゃねぇよ。これでも負けに負けての金貨一枚だ。良い鋼を使ってるって言っただろうが。そこらのナマクラな道具じゃあビクともしねえ業物わざものだ。当然、コイツを壊すにも相応の道具を用意する必要が有るんだよ。ちったぁ頭働かせろ」


「うぐっ……!」



 専門家の意見は馬鹿にならない。鉄や鋼の専門家である鍛冶師の店主がそうまで言うのなら、それは確かな事なんだろう。

 しかし、俺達の路銀も心許こころもと無い。道具屋で旅の食糧どころか必需品まで一度に揃えたため、旅立ち当初は二十枚有った金貨は、その数を五枚ほどに減らしている。


 この先ニーナの旅道具や衣服も揃える必要があるし、何よりまだ路銀を得る良い手段が無い。そんな今、金貨一枚もの出費は正直痛手以外の何物でもないのだ。



「さ、サイラスお兄ちゃん、あたし……このままでもいいよ……?」



 ニーナがおずおずと、俺の上着の裾を引いてそう進言してくる。だけどそれこそ馬鹿を言うなって話だ。

 こんな小さな女の子に手枷足枷を付けたまま、そこらを歩き回れと? そんなことをしたら、義母はは上やエリザベス……エリィに顔向け出来ないじゃないか。



「なあ、店主。どうにかならないか?」


「ならねぇよ。あのな若いの、育ちが良さそうだから商人か貴族のボンボンだとは思うがな? こちとらコレでメシ食って生きてるんだ。他人ひと様の命を預かる道具を作る俺達職人がよ、どうしてその腕を安売りできるってんだよ」



 至極もっともな話だ。タダで道具が湧いて出るわけがない。そして道具を作るには材料費も燃料代も掛かるだろう。そういったアレコレも全て加味しての、〝金貨一枚〟という先程の値段なのだ。だけど……



「そこを曲げて、なんとかしてくれないか? 両親をうしなって孤独になったこの子をこの先護ってやるためにも、今は俺には金が要る。だからって、こんな自由を縛る枷を着けたままにはしておきたくないんだ」


「ンなこと言ったってよぉ……。いい加減にしねぇと、まいにゃ衛兵呼ぶぞ、若いの」



 店主が苛立っているのが、その表情からありありと伝わってくる。しかしだからと言って、俺だって引くわけにはいかないんだ。そして、そのためなら……!



だ。なんとかしてくれ!」


《心からの誠意ある嘆願を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》



 頭の中に、あのアナウンスが響き渡った。

 俺の身体はその瞬間から、絡繰からくり仕掛けの人形のように意思とは関係なく動き始める。


 今日の床の材質は……くっそ、石材かよッ!?


 自由の効かない視界の端で、今の今まで気にも止めていなかった地面を確認して、しかしそれでも昨日の砂利のゴツゴツした地面よりはと思ってしまったのは、果たして慣れなのか……。



《すでに要求は伝えられています。対象:セルジオの心をさらに揺さぶる嘆願を動作と共に伝えてください》



 なんだ? 〝さらに心を揺さぶる嘆願〟だって?


 すでに為した嘆願から発したその所作に操られながらも、俺はアナウンスに従って必死に頭を回転させる。

 そうこうしている間にも、俺の身体はセルジオさんというらしい鍛冶師から数歩引いて、両膝を揃えて石造りの床に落としていた。


 ぐっ……うううッ!! 痛ってぇぇえええーーッ!!??


 顔はセルジオさんから逸らしていなかったため、彼が俺のいきなりの行動に困惑する様子が見て取れた。いや、俺も痛くて困ってるんだけどね!?

 そんな気持ちとは裏腹に、身体は粛々と【土下座】の所作をなぞっていく。まずい、早く何でもいいからお願いをしなくては……!



「お願いだ! から、この子を助けると思って力を貸してくれ!!」



 そう叫んだ瞬間、セルジオさんの困惑顔を収めていた視界が勢いよく動いた。俺の視界はそのまま石の床を目一杯に映し――――



 ――――ガヅンッッ!!



 あ、ぐ、がぁあああああーーーーッッ!!?? 頭がッ!! イタイがヒタイィイイーーーーーーッ!!!

 砂利の地面よりはマシとか思っていた十数秒前の自分を殴ってやりたい!! 全っ然マシじゃねぇよッ! 土とか無しの純粋な石の床を舐めてたわちくしょうッ!!



「お、おいぃッ!? ア、アンタいきなりナニを!?」


《ユニークスキル【土下座】の効果波及を確認。対象:セルジオの困惑が四一%、動揺が五六%上昇しました。危険は感知されませんでした。対象:セルジオへの嘆願を続けてください》



 くっそォ!? 毎度思うけどアナウンスコイツってば俺の状態は一切加味してくれやしねぇ!?

 俺はあまりの激痛に眩暈めまいを覚えながらも、なんとか翻意してくれるように言葉を絞り出す。



! この子の枷を外せるまで、雑用でも小間使いでも何でもするから! だからお願いしますッ!!」


「どうして……そこまで…………ッ!?」


「お、お兄ちゃん……っ!?」



 セルジオさんの困惑の声。ニーナの不安気な戸惑う声。それらの声が、鈍い痛みの走る頭の中に反響する。

 そして。



《ユニークスキル【土下座】の効果の追加波及を確認。対象:セルジオの困惑が二三%、動揺が三三%追加で上昇しました。危険は感知されませんでした。嘆願が届いた可能性は四七%です。解析報告を終了します》



 そのアナウンスを最後に、身体に自由が戻ってきたのを感じる。しかし、〝嘆願が届いた可能性〟? 初めて聴くその言葉の内容に俺は内心で首を傾げていたため、【土下座】をしたまま動けないでいた。まだ頭が痛かったしね!!


 すると、そんな俺に。



「頭を上げてくれ、若いの」



 険の取れた穏やかな声音で、セルジオさんから声を掛けられる。俺はアナウンスの内容に内心ビクビクしながらも、ゆっくりと顔を上げた。

 だって、〝可能性〟なんだろ? それが〝四七%〟ってことは、二分の一で失敗するかもしれないってことじゃ――――



「分かったよ。お前さんが金持ちの道楽でも何でもなく、真剣にその嬢ちゃんのことを考えて必死に頼んでいるのは伝わった。意味は分からねぇが、あんなに必死に頭を下げられちゃあ…………それを断っちゃあ、それこそ職人の名がすたるわな」


「ッ!? じ、じゃあ!?」


「ただしだ! さすがにコッチもタダとは言えねぇ。だからお前さんに一つ、頼み事をしてぇ」


「あ、ああ! 何でもする! 何でも言ってくれ!!」





 新たな旅の友となったニーナを、彼女を本当の意味での自由にしてやるために。

 本来の旅の目的とはだいぶかけ離れてはいたけれど、今日も俺は……【土下座】をした。


 だけど構いやしない。俺の額を打ち付けるだけでこの少女に笑顔と自由が戻るのなら、俺は何度だって打ち付けるだろう。…………できれば石材の床はもう御免だけど。


 何はともあれ、こうして俺は、鍛冶師のセルジオさんからの頼み事を聞くことになったんだ。




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