第十二話 アンネロッテの弱点
「なあ、そろそろ元気出せよ……」
「アンネお姉ちゃん、大丈夫?」
生家のある領都を出て、一日が経った。
次の……というか最初の目的地の町まで残り半日といった場所で、昨日は学園の実習以外では初めてとなる野営をしたんだ。
ゴンザレスさんの道具屋で購入した品物の中には、小ぶりなフライパンや鍋等の調理器具も入っていたし、もちろんテントだって――ちょっと奮発して魔力で収縮する物を――買ってある。
街道から少し逸れた見渡しの効く場所でテントを設営して、そうして俺達は旅の一日目を終えたんだ。
それで、現在なんだが……
「私は……メイド失格です…………!」
「だからぁ〜、そんなことないって何度も言ってるだろ?」
「アンネお姉ちゃん、元気出して……!」
とぼとぼと牛歩並の気怠い速度でついて来るアンネ……アンネロッテを、俺と盗賊から救い出した少女ニーナの二人で、一生懸命励ましているところだ。
「お料理が不得手なばかりか、主であるサイラス様にさせてしまうなんて……ッ!」
昨日の晩からずっとこの調子である。
というのも、掃除に洗濯、読み書き算術、さらには戦闘までこなす一人前のメイドであるこのアンネロッテは…………実は料理だけは壊滅的に才能が無いのだ。
それはもう全くもって、絶望的なほど無い。アンネ、〝不得手〟じゃなくて〝出来ない〟だろ?
そしてその事実を知ってはいたがすっかり失念していた俺とアンネ。当然道具屋のゴンザレスさんにそのことを伝えもせず、昨日野営の準備をしていざ食糧を広げてみたら……という次第である。
盗賊から救けたニーナには、とりあえずパンと水を与えただけだったからな。まさか調理が必要な乾燥野菜や、調味料も入れてくれてあるとは。
そして俺には、アンネの手料理――というか小さい頃に彼女が作った手作りお菓子だな――で酷い腹痛に見舞われた過去がある。必然、袋を広げたまま固まっているアンネからソレを取り上げ、俺が調理を担当したという訳だ。
◆
「さ、サイラス様っ! 私も何かお手伝いを……」
「いや大丈夫だ本当に大丈夫だ。それより水を魔法で出すから、ニーナのことをキレイにしてやってくれ。ついでに、どこか怪我をしていないかの確認も頼む」
と、このように。普段とは逆に俺が頑なに協力を全力で御遠慮して、夕食の支度を敢行した。
俺だってそれこそ野営訓練の時にしか自炊などしたことは無い――それも取り巻きにやらせてな――が、少なくともアンネのように砂糖と塩を間違えたりはしない。もっと言えば葉物野菜の根っこを洗わずに鍋に入れたりもしないし、そもそも包丁を逆手に持ったりもしない。
そして前世では自炊も俺していたらしい
そうして慣れないながらも作り上げたのは、乾燥野菜を軽く水で戻してから適当な大きさに切り、干し肉を千切って一緒に煮込み塩胡椒で味を整えた、シンプルなスープだ。それに硬く焼きしめられたパンを浸しながら食べて、俺達三人は腹を満たした。
今世では初めてマトモに料理をしたが、前世の記憶のおかげかなかなかの味だったな。
できれば〝コンソメ〟が欲しいという思いが湧き上がったが……どうやら前世の世界では、様々な野菜を長時間煮込むスープストックを、手軽な粉末状や固めて溶かす調味料として売っていたらしい。
スープストックか……。旅の合間に暇ができたら、挑戦してみても良いかもしれないな。
それで、だ。
「ふわあ……っ! 美味しいよ、サイラスお兄ちゃん!!」
「そんな……ッ!? サイラス様が普段お料理されている素振りなど全く無かったというのに、なぜこれほど美味なスープがッ!?」
「うん、まあまあだな。肉や野菜の旨味もちゃんと出ているみたいだ。悪いな、こんな簡単な物で」
「ホントに美味しいよ、お兄ちゃんっ!」
「
「ちょっ!? 泣くことないだろアンネっ!?」
「アンネお姉ちゃんっ!?」
…………とまあ、こんなワケだ。
見張りの順番を前半はアンネ、後半は俺と決め、テントにもぐっていざ寝ようとしてみても、アンネのブツブツと話す独り言が気になってなかなか眠れやしなかった。そうでなくても、心細かったのかニーナが引っ付いてきて正直戸惑っていたんだしな。
さすがに見張りを交代してからは、ニーナを起こしてはいけないと考えたのか、大人しく静かに寝ていたみたいだったが。
◆
「ああ、女神様……! 貴女様はどうして、私にお料理の才能を下さらなかったのでしょうか……!」
「アンネお姉ちゃん、悲しそう……」
「はぁ〜っ。アンネ、いい加減にしろ。人間誰しも得手不得手は有るものだろう? 料理が出来ないくらいで突き放したりしないし、今は旅の途中だ。出来ない事を補い合うのは当然だろう?」
いい加減に遅々として進まないアンネも、それを心配してオロオロしているニーナも見かねて、俺は溜息を吐きながらそう話す。
「ですが……料理もできない女など、サイラス様はお嫌いでしょう……?」
はあ? まったく、どうしてそうなるのか。
俺は……そりゃあ荒れている時は突き放したりはしていたが、別にアンネのことが嫌いになった事など一度として無い。餓死寸前のところを保護してからずっと、
「そんなことはない。アンネのことは大切だし、好きだよ」
「はうぁッ!!??」
ん? どうしたんだアンネ? なんで顔を赤くしてそっぽを向くんだ……?
……まあ何はともあれ、それからはなぜか機嫌を良くしたアンネに先導されて、俺達はいよいよ最初の目的地の町へと辿り着いたんだ。
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