第十一話 この子を護ると決めた



 アンネの処理作業は迅速に、恙無つつがなく終了した。

 その後しばしの休憩を取ってニーナに水と食糧を分け与えてから、三人となった俺達は次の最寄りの町を目指して再び歩き始めた。


 処理の仕方を尋ねたが、単に街道脇の茂みに死骸を綺麗に並べて置いてきたとのことだ。

 獣が食料として持って行けばそれで良し。そうでなくとも次の町で、警備隊に報告して場所と人数を教えれば良いらしい。



「ところでアンネ、その腰に下げた包みは何だ? そんな物さっきまで持っていなかっただろう?」


「……少々お耳を。(頭目の首級です。懸賞金が掛かっていた場合は路銀の足しになるかと。それと奴等の持ち物から金目の物も、わずかながら頂戴してきました)」



 思わず顔が引き攣ったが、気合いでなんとか抑え込む。

 これが現実だ、アンネはおかしくない。盗賊の持ち物はほとんどが盗品だし、討伐した者にその権利は移譲されるのだから。



「そ、そうか。苦労掛けたな」


「いいえ、お気になさらず。サイラス様のお役に立つためですから」


「そ、そうか……」



 ダメだったぁー! 上擦うわずった声で返事を返してしまったぁ!

 本当に、あの戦闘の腕といいこの行動力といい、何がアンネをこうまでさせるんだ……? 小さな頃に餓死しかけたアンネを保護した事なんか、今までの働きで充分に返してもらっているはずなのに……。



「あぅ……っ、サイラス……さま……?」



 おっと。俺の腕に座るように抱いていたニーナから、戸惑った声が上がった。アンネの報告に、彼女を抱く手につい力が込もってしまったみたいだ。



「ああ。すまないニーナ、なんでもない。それとサイラスでいいぞ? 〝様〟なんて付けられるような立派な人間じゃないからな、俺は」


「あぅ……じゃあ、サイラス……お兄ちゃん……?」


「ああ、それでも良い。身体は平気か?」


「う、うん……あの……っ、ありがとう……」


「気にするな。俺が助けたいから助けたんだ。礼なら実際に戦って、一番盗賊どもを倒してくれたアンネに言ってやってくれ」


「は、はい……! あの、アンネ……ロッテさん……っ、あ、ありがとう……!」


「ニーナ、お気になさらず。私もアンネで良いですよ」


「はい……アンネ……お姉ちゃん……!」



 なんか……良いなこういうのも。恥ずかしがりながらアンネと話をするニーナを見ていると、先程の戦闘でささくれ立った心が洗われていくように感じる。子供に癒される親の心境とは、こういうモノなのかもしれないな。



「なあニーナ。身寄りが無いんだったら、このまま俺達と一緒に旅をするか?」



 自然と、俺の口からはそんな言葉が滑り出てていた。





 アンネの死体処理を待つ間と食事休憩の間に、俺はニーナが盗賊達に捕まった経緯を聞いていた。


 彼女は行商人一家の一人娘で、両親と共に旅から旅の行商生活を送っていたらしい。扱う商品は主に食材ばかりだったらしく、その荷はほとんどが盗賊達の腹の中に収まってしまったという。

 この街道筋で荷馬車を停め休憩していた所を、奴等に襲われたそうだ。父親はその場で殺害され森にてられ、母親も散々なぶり者にされた挙句に、息を引き取ったらしい。


 次の玩具オモチャとして生かさず殺さずというのが、ニーナの辿ったこれまでの経緯だった。当然父母の生家や親戚なんかは彼女には知るよしもなく、十歳というこの小さな痩せた身体一つで、ニーナは天涯孤独となってしまったのだ。





 俺は未だにめられたままのニーナの手枷足枷を、彼女に悟られないよう気を付けながら睨み付ける。


 彼女を縛るこの忌々しい枷は、アンネも試してはくれたが鍵穴が完全に錆びていて、本格的な道具が無ければ外せないとのことだった。ニーナを過去に縛り付けているかのようなこの枷も、俺は次の町で外してやるつもりでいる。



「いい……の? お兄ちゃんと、お姉ちゃんについて行っても……?」



 ニーナが恐る恐る上げた声が、そんな思いを噛みしめていた俺を現実に引き戻す。それに対して俺は。



「ああ。もしも『ここで暮らしたい』って町や村があれば、そこで住む所を探してやってもいいしな。一緒に行くか?」



 旅の素人しろうとが軽率なことを言うなと指摘されるかもしれないが、せっかく俺が――正確にはアンネが主に頑張ったんだけど――救うことができた命だ。このまま次の町で〝はいサヨナラ〟ではあまりに寂しいし、ニーナだって心細いだろう。


 だから彼女が自分の道を見付ける事ができるまで。それくらいは……見守っていてやりたい。

 この先何年掛かるか分からない俺の旅の中で、彼女が笑顔を取り戻す事ができるよう、生きていく力を得られるよう、支えてやりたい。


 護ってやりたい、と。そう、俺は思ったんだ。



「あたし……行きたい……! お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に……!」


「そうか。それじゃあ改めてよろしくな、ニーナ」


「よろしくお願いします、ニーナ」


「うん……! よ、よろしくお願いします……っ!」



 こうして街を出て初日の物騒過ぎた出逢いにより、俺は二人目の旅の友を得た。


 俺と、アンネロッテと、ニーナ。


 次の町では、どんな出逢いが待っているんだろう。どんな事が起こるのだろう。

 俺はこの〝謝罪の旅〟に、思い掛けず楽しみを見出してしまった。


 こういうのも悪くないな。

 俺が迷惑を掛けた人達に【土下座】をするのは、俺の責任として。それだけでなく旅を通して〝何か〟を得られたなら。


 それは〝友〟かもしれないし〝敵〟かもしれない。物であったり、あるいは形の無いモノかもしれない。

 そういった〝何か〟を手に入れることが出来たなら……それだけでもこの旅には意味が有ったと、そう胸を張れるんじゃないかな。


 そんな事を考えた、そして決意した。

 そんな旅立ちの日の午後だった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る