第九話 戦いの最中に【土下座】



「動くんじゃねェぞォ……?」



 どこまでも下衆な事情を話しつつ、頭目は少女の長い琥珀色アンバーの髪を引っ張って、その首元に剣を添えながらニヤニヤと笑顔を浮かべて俺達に近付いてくる。


 いや、正確にはだ。



「おう姉ちゃん。よくも俺の手下をみんな殺してくれやがったなァ? おっと動くなよォ? 動けば何の罪もないこのメスガキが死んじまうぞォ?」


「何を――――ッ!?」



 あの野郎ッ! 少女の首を手で掴みながら、アンネが抵抗できないのをいいことに剣でアンネの服を……!!

 まだ日が高い明るい野外に、アンネの白い肌が曝け出される。



「おほっ♪ チビっこい割には良いパイオツしてんじゃねぇか。おい女。テメェの手であの野郎をりなァ」


「何を馬鹿な――――くッ! 触れるな下衆ゲスが……ッ!」


「おい良いのかァそんなナマ言ってよォ? このメスガキを目の前で見殺しにすんのかァ?」


「あぐぅっ!? カ、ヒュ……ッ!」



 あの野郎は片手でアンネのあらわになった胸をまさぐりながら、自身に比べれば人形のような身体の少女の首を絞め上げ、片手でアンネの目の前にぶら下げる。

 少女の苦悶を浮かべる顔がアンネの顔に当たるかというほど近くまで寄せられ、アンネの表情に迷いが生まれたのが見て取れた。



「やめろォッッ!!!」



 我を忘れ、今までに出したことのないような大声を発していた。



「ぁあん!?」



 頭目がギラついた、殺意の込もった目を俺に向けてくる。だが俺は怯まずに、真っ直ぐに目を睨み返しながらヤツに歩み寄る。

 今の俺は丸腰だ。戦闘開始と同時に俺は魔法での支援に徹するために、念の為にと買っておいた短剣すらも放り出してしまっていたから。



「おい兄ちゃん、それ以上近付くんじゃねェよ! このガキの苦しそうな顔が見えねえのかァッ!?」


「ぁガッ……!」


「くっ……!」



 自称慎重な男である頭目は俺に向けて少女の苦悶の表情を向けると同時に、アンネを突き飛ばして距離を取った。俺達の位置関係はちょうど三角形の形となり、頭目からはどちらの動きも見て取れる位置取りとなる。



「その子を放せ。俺の命を取りたいなら、お前が来れば良いだろう!?」


「ゴメンだねェ。テメェを殺ってる間にコッチの姉ちゃんに隙を突かれちまう」



 この男、言うだけあって本当に慎重な性格をしているようだ。しかしこの会話の間にも、少女の首は男に絞め続けられている。恐らくは以前に襲いさらった子なんだろうその少女の顔色は、すでに血の気を失いつつあった。



「放せよ」


「ああっ!? 聞こえねぇなァ、なんだってェ!?」



 なぜ罪の無い少女にそんな非道ができる? 俺が、俺達が抵抗したせいか? そのせいでこの少女はここまで苦しい思いをしているのか……ッ!?



「その子は関係ないだろうが! 放してやってくれッ!!」



 叫ぶ。青臭い世間知らずな科白セリフを、



《心よりの強い嘆願を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》



 途端、頭の中にアナウンスが響いた。

 いや待て、なんだって? ……!?


 しかしいぶかしむ暇も無く、俺の身体はスキルに操られるようにしてその所作をなぞっていく。

 背筋を伸ばし居住まいを正し、崩れ落ちるようにして硬い地面に揃えた両膝を着く。が、木の床とは比べ物にならないほど痛い!


 違いに気付いたのは、曲がりなりにも何度か【土下座】をしてきたからか。俺の身体は普段とは違い、両手を掲げるようにして開いていた。

 前世の記憶だと……〝バンザイ〟? 降参や無抵抗を示す仕草らしい。



《対象:ドゲスコフの困惑を確認しました。そのまま対象への要求を伝えて下さい》



 再び響くアナウンス。

 なんだって? 要求を伝える?


 俺は頭目――ドゲスコフという名前らしい――に目をやるが、未だに吊るされて口から泡を吹き始めている少女が視界に入りハッとする。


 そうだ。迷ってる暇なんて、ないッ!



「頼む! その子を放してやってくれ! ホントに死んじまう!!」


「テメェ、ナニを――――」



 要求(でいいのか、あれは?)を伝えた瞬間、再び俺の身体がスキルにより動き始める。

 肩より上に掲げてバンザイをしていた俺の両手は地面に着き、肘が曲がり……って、ちょっと待って地面は硬過ぎ――――



 ――――ガヅンッッ!!!



 おぎゃああああッッ!!?? 頭がっ、額がァあああああああッ!?


 俺の頭は勢いよく振り下ろされ、硬い地面に額を打ち付けていた。今までに無いほどの硬い感触と、目の奥に飛び散る星のごとき瞬き、そして何より頭を駆け巡る激痛に声も出せない……ッ!!


 しかしそれは、相手も同じだったようで。



「な、ナニをしてやがるんだ、テメェは……!?」


《ユニークスキル【土下座】の効果波及を確認。対象:ドゲスコフの殺意及び戦意が二六%低下しました。困惑が四六%上昇しました。危険域を脱するには残り五四%低下させる必要が有ります。尚、対象の注意は一〇〇%こちらを向いています――――》




「――――ようやく隙を見せましたね」


「う、がァああああああッ!!??」



 なんか向こうでアンネが何かをした気配があるが、恐らくはアナウンスの言っていたように〝俺に注意が一〇〇%向いた〟おかげで身動きが取れたんだろう。そう激痛に耐えながら、頭の片隅で分析する俺。



「て、テメェ――――うぎゃああああああッ!!??」


「私の胸に触ったのはこの手ですか? まだサイラス様に触れても頂けていない私の胸を触ったのは、この指ですか?」


「ま、まって、謝る、謝るからぁああぎゃああああッ!!??」


《対象:ドゲスコフの殺意及び戦意が一〇〇%低下しました。危険域を脱しました。解析報告を終了します》




「――――あまつさえサイラス様に頭を下げさせるなど、万死を以てしても生ぬるい。その両手両足を動けぬ程に痛めつけ、目を抉り、耳と鼻を削いで首を縄で樹に括り付けて森に放置してやりましょうか」


「ちちょ!? 待った待ったアンネやり過ぎ! そんな拷問みたいな事しなくて良いから――――」


「ッ!?」


「たすけヘアヒンッ!?」



 スキルの束縛から解放されて慌てて頭と声を上げる俺の目に、呆気なく喉を切り裂かれた頭目――ドゲスコフが目を見開いて首元を押さえ、吹き出る血と共に地面に崩れ落ちる姿が映った。


 いや、なんでヤった本人のアンネが驚いた目で俺を見てるんだよ?



「(油断していました……! 【ドゲザ】の最中は頭を上げられないと思っていたのに……!)」


「え? 何だってアンネ? まだ頭が痛くて、上手く聞き取れなかった」


「いえ何でもありません。それよりもサイラス様、やはり貴方様の推測は正しかったようです」


「うん?」



 何のことか理解出来なかった俺にアンネは近付いて来て、俺の額に手を伸ばした。



「確かに額が割れていましたが、物凄い勢いで治癒されています。痛みも引いてきたのでは?」


「あ、ああ……そういえば、頭の中で鐘が鳴り響いていたような激痛が、もう……無くなった……?」


「完全に治癒しましたね。やはりユニークスキル【ドゲザ】の所作で負った傷は、即座に治癒されるようです」


「そ、そうか……ってそんなことよりあの子はッ!?」



 俺はそんなとんでもないスキルの効果の話を強制的に切り上げて、ドゲスコフに囚われていた少女の元へと駆け寄る。地面に放り出され横たわっている少女は……息をしていない!? 虚ろな目で空を見上げ、ぐったりとしていた。


 ウソだろ!? なんとか、なんとか救けてやれないのか!?

 必死に少女を抱き起こし、身体を揺すり呼び掛ける間にも、頭の中は何か方法が無いかフル回転していた。そして――――



「こうなったら……ッ!」



 俺は少女を再び地面に横たわらせ、勢いよく上着を脱いだ。




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