第八話 盗賊との戦いと囚われの少女



「盗賊……ッ!? こんな、街の近くで……ッ!?」



 街と言ってもただの街ではない。我が父上ゴトフリート・ヴァン・シャムール公爵閣下が直々に治める、この領都の近郊でだ。


 俺はあまりの衝撃に、襲われているにも関わらず呆然としてしまった。



「くけけけ。兄ちゃんよォ、金目のモン出しなァ。そうすりゃ楽に死なせてやんよォ」


「コッチはイイ女じゃねぇか。ヒョロい兄ちゃんにはもったいねぇなぁ」


「俺らと夜通し楽しいコトしようぜぇ〜!?」


「その後は金に換えちまうけどなァ!!」



 ゲラゲラと、品性の欠片も無い下卑た言葉と笑い声が、森沿いの街道に響く。手に持つ武器をチラつかせて、俺達の抵抗する意志を挫こうとしているのが一目瞭然に分かった。



「アンネ、で全部だと思うか?」


「感知できる範囲では全員……いえ、奥の茂みにもう一人居ますね。ここは私に任せてください」


「いや無茶だろ!? いくらアンネでも大の男が五人だぞ! 伏兵も居るなら――――」


「ここは私に任せてください」



 ダメだぁ!? どうしてそんなに頑固なのさアンネさん!?

 考えろ! この状況、どうやったら切り抜けられる……!?


 未だに下衆な妄想を口から垂れ流している盗賊達を睨み付ける。俺も貴族の端くれだし、曲がりなりにも貴族学院を卒業しているから、ある程度の魔法は使える。だけど悲しいかな、実戦経験が無い……!



「アンネ、俺が魔法で牽制と援護をする。それでいけるか?」


「私に任せて……本気ですかサイラス様?」


「本気だ。大切なアンネだけを危険な目に遭わせられない」


「ひうッ!?」



 ん? どうしたんだアンネ? なんで顔を逸らすのさ?



「おいおいおいおい! いつまでくっちゃべってやがんだァ!? さっさと野郎を始末して帰るぞォ!!」


「へ、へいお頭ァ!」



 五人の中で一際体格も装備も良いあの大男が頭目か。奴の怒鳴り声で他の四人もやる気になったみたいだ。



「もう迷ってる暇はない! やるぞアンネ!」


「は、はい、サイラス様!」



 焦りながらも魔力を放出し、詠唱を開始する。

 奴らの背後は森。なら火属性はダメだ。



「逆巻け風よ、其は切り裂く刃なり――――【風の刃ウィンドカッター】!」



 俺が選択したのは風属性の魔法だ。発動が早く、風なので攻撃が見難いという利点がある。

 こちらに向かって駆けてくる先頭の二人に向けて、透明な風で出来た刃を射出する。



「うおっ!?」


「ぎゃあっ!? クッソがァ、魔法使いかよ!?」



 俺の放った魔法で、突っ込んで来た二人の足が止まる。そこへすかさず――――



「あぎゃッ!?」


「くピッ!?」



 アンネが飛び込んで両手に持った短剣で盗賊二人の首を掻き切った……というようにしか、俺の目には視えなかった。

 首から噴き出す血に胃の中身がせり上がってくるが、それを必死で堪えて次の魔法を唱える。すでにアンネは次の二人に標的を絞り、高速で駆け出している。



「く……ッ! 地よ弾けろ、我が敵を穿て――――【岩の礫弾ロックバレット】!」



 後衛に残る三人に向けて、足元の大地から生成した石礫いしつぶてを無数に放つ。もちろんアンネに当たらないように注意してだ。



「チイィィッ!!」



 手下二人を盾にするように立たせて、頭目と思しき大男が後退する。



「お頭!? あぎっ!?」


「いでぇッ!?」



 盾にされた二人は粗末な武器や防具が頼りにならず、目眩し程度になればいいと思って放った礫の雨に晒される。そして――――



「ヒギャアッ!?」


「ぐぶっ……!?」



 礫に紛れて接近したアンネの短剣によって、その首を切り裂かれて膝から倒れる。



「あとはお前と奥の一人だけです」



 そう言って短剣を素早く振るい、刃に付着した血を払うアンネ。茂みの手前まで後退した頭目との距離を測っているのか、ジリジリとした足運びで間合いを詰めている。


 俺は初めての対人戦闘に身体が強張り、久し振りに魔法を行使したせいもあって息が上がって、身動きが取れずにいた。

 いやまあ貴族学院でも模擬試合はあったのだが、実際の人との命のやり取りは、コレが初めてなのだ。しかもあの頃は家の権威をふるって、対戦相手に負けを強要したりしてたからな……。



「へ、へっへへへ……! やるなァお二人さんよ。まさかこんなガキ共に手下がみんなやられっちまうとはなァ……!」



 頭目が引きつったような顔で虚勢を張る。


 二人がと言うより、アンネがだろう。我が家で戦闘訓練を受けていた事は知ってはいたけど、俺もまさか、彼女がここまで強いとは思わなかった。


 ん? 


 俺が頭目の言葉に違和感を覚えていると、ヤツは突然茂みに手を突っ込んで、何かを探り出す。そして――――



「あぅっ……!」



 茂みから引きずられて俺達の前に引っ張り出されたのは、未だ十歳かそこらであろう、手枷足枷を嵌められた痩せ細った少女だった。



「お前……ッ!」


「動くんじゃねえッ!!」



 激昂しかけた俺や身構えたアンネを、頭目の大声が踏み止まらせる。



「そこから動くなよォ? 俺は慎重な男なんでねェ。アジトに置いといて逃げられちゃいけねェと思って、ここまで連れてきておいて正解だったぜェ」


「あうッ!? い、いたいっ……!!」



 どこまでも下衆な事情を話しつつ、頭目は少女の長い琥珀色アンバーの髪を引っ張って、その首元に剣を添えながらニヤニヤと笑顔を浮かべて俺達に近付いてくる。


 少女の痛そうな、そして恐怖に引きつった顔を。俺は唇を噛んで見ていることしかできなかった。




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