第七話 街を出たと思ったら
「なるほど、〝ユニークスキル【ドゲザ】〟ですか……。そのようなスキルが存在するとは、まるで伝説の勇者様みたいですね」
「ああ、俺も
「そう物語には書かれていましたね。確か【
道具屋で無事に旅の必需品を手に入れられた僕達……俺達は、まずは住み慣れた街から出た。
公爵領の領都にも俺が迷惑を掛けた人間は沢山居るが、それよりも深刻なのは、そうして迷惑を掛けてこの街に住めなくなった人達だ。
田舎に戻った人や
ずっと俺の傍に居たアンネ……アンネロッテが同行してくれて、正直助かった。俺の傍でずっと俺の過去の愚行を見続けてきたアンネは、そうして迷惑を掛けた大体の人の行き先を記憶している。
そうじゃなきゃ俺は当てもなくただ彷徨い、その内野垂れ死んでいたかもしれない。つくづく考えの足りない人間だな、俺は。
「それでですが、サイラス様」
「ん? なんだアンネ?」
「先程はずいぶんと強く額を床に打ち付けていましたが、お怪我は無いのですか?」
俺が道具屋のゴンザレスさんに謝罪した時の【土下座】の事か。そんなことを訊かれて初めて、俺は自分の額に手を当てて確認する。
「んー、いや。特に怪我も全く無いみたいだな。打ち付けた時と擦り付けていた時は、確かに痛みは感じてたんだが……」
「失礼します」
ちょっ、何をっ!?
俺に確認も取らずにグイと首を引き寄せ、至近距離から俺の額を覗き込むアンネ。
って、近い近い!? 顔が! アンネの目や鼻や口、それに柔らかそうな頬が目の前一杯に広がってるぅ!?
「…………確かに、お怪我をされた様子はなさそうですね。あれほど強く打ち付ければ、たとえ頑丈な額といえど皮膚が裂けるくらいはするはずなのですが……」
そう確認を終えた、アンネの吐息が遠のいていく。首に絡められていた両手から解放され、俺は高鳴る鼓動を誤魔化すように即座に距離を離した。
「もっ、もしかしたら、コレも【土下座】スキルの恩恵かもしれないなっ。【土下座】によって負った傷は、その後で回復するとかかも……っ!」
「なるほど、興味深いですね……」
あ、焦ったぁ……ッ!
不意打ちが過ぎるよアンネさん……ッ!!
突然の事に跳ね回っていた俺の心臓が、徐々に落ち着きを取り戻していく。
「……? サイラス様、お顔が赤いようですが……?」
「な、なんでもないっ! なんでもないからな!?」
「はぁ…………?」
くっそぉ……!
一人だけ涼しい顔をしているアンネに若干の納得のいかなさを感じながらも、俺達は再び、森に沿った街道を歩き始めた。
「それでアンネ。やっぱり近場の町から回るのか?」
「はい、サイラス様。道具屋が用意してくれた保存食は一週間分ほどしかありませんので、近場の町や村を回り、それぞれの場所で適宜調達しなければいけません」
「なるほどな。いや本当に、アンネが一緒に来てくれて助かった。ありがとう」
「ッ……!」
うん? どうしたんだアンネ?
なんで俺に背を向けて……それとその拳を握って…………ああ、前世の記憶によると〝ガッツポーズ〟というのか。
んで? なんでガッツポーズ?
記憶によれば嬉しい時や何かを達成した時に取る行動らしいが……今の流れで何が嬉しかったり、達成できたんだ……?
聞いてみたいが顔を見ようとすると
アンネは普段はスカートの長いメイド服なのだが、俺の旅について来るために用意したらしい長袖の上着と長ズボンで、しかしそれでもメイドのように斜め後ろに控えて歩く。
「なあアンネ」
「なんでしょうか、サイラス様」
「その格好、いつ用意したんだ?」
「サイラス様が旦那様にお叱りを受けた日の夕方です」
「え、父上に何があったのか聞いたの?」
「いえ。旦那様はあの後ご自分のお部屋から出て来られませんでしたので、奥様に」
「そ、そうか。それじゃあいつ父上に同行の許可をもらったんだ?」
「その翌日です」
「…………は?」
「その翌日です」
「へ、へぇー。それはまた随分と行動が早かったんだね……?」
「〝兵は拙速を尊ぶ〟と申します」
いやいやいや、それにしても早過ぎでしょ!? 俺が折檻された次の日にはもう父上に直談判してたの!? 何その行動力!? それにその言い回しって、前世の地球のどっかの兵法家の言葉じゃなかったっけ!? というかそもそもアンネさんはメイドだよねっ!?
心の中で全力でツッコミながら、俺は若干の冷や汗をかいていた。アンネのこの行動力は、一体どこから来ているんだろう……?
そんな風に喋りながら森沿いの街道を二人で歩いていた、その時。
「サイラス様!」
鋭く俺の名を呼ぶアンネの声が聞こえたと思った途端、俺は突き飛ばされて地面に転がっていた。
「ちょ、なん――――ッ!?」
慌てて受け身を取って怪我を防いだ俺が振り返ると、さっきまで俺が立っていた地面に、一本の矢が突き刺さっていた。
「ッ!? 襲撃ッ!?」
「サイラス様、私の傍を離れないで下さい」
そう言って、アンネが俺を庇うように二本の短剣を構えて森へ向き直ったのと、ガサガサという茂みを掻き分ける音が聞こえたのは、ほぼ同時だった。
「おいおい、外してるじゃねーか。っとに、テメーは弓が下手でいけねぇや」
「うるせーよ! あの女が邪魔しなきゃ当たってたんだよッ!」
ゲラゲラと野卑た笑い声を響かせながら、五人の小汚い
「盗賊……ッ!? こんな、街の近くで……ッ!?」
旅に出て早々に。
俺とアンネは五人の盗賊と、対峙することになったのだった。
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