第六話 道具屋の店主に【土下座】



「いや、ここが良い。この店が良いんだ」


「……あ゛あ゛ッ!?」



 尚も食い下がる僕に、いい加減頭に来たんだろう。

 店主はこめかみに血管を浮かべて鋭い目をして、カウンター越しに伸ばした手で僕の胸倉を掴んできた。そしてその怒りの顔を良く見ろと言わんばかりに、僕の顔に近付けてくる。



「フザケたコト抜かしてんじゃねぇぞ。テメェのおかげでコッチがどんだけ迷惑をこうむったと思ってやがる……!? テメェがぶっ壊した道具が必要なのに買えなくて困った客が、一体何人居たと思ってやがんだ!?」



 その鋭い目は真っ直ぐに僕を見据え、僕の胸倉を掴んでいる手はますます力を増して、僕の首を絞め上げてくる。



「サイラス様っ!!」



 後ろからアンネロッテの鋭い声が響くが、僕は手の動きでそれを制する。

 そう。良いんだ、アンネ。



「後から公爵家の使いが来て、金は払ってくれはしたよ。……だがな!? 壊れた品はそれじゃ直らねぇし、必要な客が居なくなる訳じゃねぇんだよッ!! 品物の仕入れにだって時間は掛かるし、テメェのおかげでウチの評判はガタ落ちだったんだッ!! 金なんざどうでもいいんだよッ! ようやくここまで盛り返した俺の店に、またテメェが居座ってんのが心底気に食わねぇんだッ!!」



 怒りと共に唾も飛んできて、店主の怒鳴り声に晒される僕の顔。だけど僕はそんな声からも、唾からも、店主の顔からも目を逸らさない。いや、逸らしちゃいけないんだ……!



「も、もうしわけ……なかった……!」


「あ゛あ゛ッ!?」



 絞め上げられる喉を可能な限り震わせて、僕はを口にした。



《心よりの誠意ある謝罪を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》



 頭の中にあのアナウンスが響き渡る。

 僕の身体はそのスキルに操られるように、流れるようにその所作をなぞっていく。



「てめ――――ッ!?」



 普段の僕では考えられないほどの力と素早さで、店主の手の親指を一瞬だけ掴み捻って、胸倉を絞め上げているその手から身体を解放させる。そのまま僕の身体は後ろへと後退あとずさり、カウンター越しの店主から全身が見えるほどの位置へと立った。



「やろうってのかこの野郎……!? またここで、俺の店で暴れようってのか!?」



 息を荒らげて、店主が棍棒のような物を携えてカウンターから出てくる。

 僕はそれを目に止めながらも、身体の動きに従って居住まいを正して直立に立ち……揃えた両膝を落とすように、勢いよく木製の床に突いた。


 そのまま膝を畳んで天井を向く足の裏に尻を乗せ座るが、背筋はピンと伸ばしたままで曲げたりはしない。

 背中を曲げずに段々と前方へと腰を折り、膝の前に両手を突いた。そして――――



 ――――ズガンッ!!



 僕は勢いよく自身の額を、木製の床へと打ち付けた。



「なん……ッ!?」

「サイラス様ッ!!??」



 店主とアンネロッテの驚愕の声が重なる。

 額を床に擦り付けたままで、動きを止めたのが気配で分かる店主へ向けて、僕は口を開いた。



「大変多くの迷惑を掛けたこと、深くお詫び申し上げる。申し訳なかった。過去の僕がどれだけ罪深い事をしたのか、改めて思い知った。本当に、申し訳ない」


「て、テメェ……なにを……!?」


《ユニークスキル【土下座】の効果波及を確認。対象:ゴンザレスの敵愾心及び害意が三五%低下しました。危険域を脱するには残り三五%低下させる必要があります》



 困惑している様子の店主――ゴンザレスというのか。発動すると名前まで判明しちゃうんだな――へ向けて、僕は言葉を続ける。



「僕はこれからこうして、貴方を始めとして多くの迷惑を掛けた人達に、謝罪をしに旅に出たい。過去の僕の愚行を水に流してくれなんて、そんな都合の良いことは言わない。だけどどうか、僕なりのこの〝謝罪〟を受け取ってほしい。申し訳なかった」


「なん……だよ? 平民の俺に頭ぁ下げるなんざ、テメェそれでも貴族かよ……ッ!?」


「サイラス様! 頭をお上げください!!」



 僕の言葉に、店主ゴンザレスは怒りのやり場を失ったような怒鳴り声を上げる。後ろで固まっていたアンネロッテも、僕に【土下座】を止めさせようと焦って言葉を発している。


 けど、僕は止めない。



「貴族だとか平民だとかは関係ない。僕は過去の過ちを反省して、貴方に……道具屋の店主、謝りたいんだ。本当に、ごめんなさい」


「アンタ……俺の名を……!?」


《ユニークスキル【土下座】の効果の追加波及を確認。対象:ゴンザレスの敵愾心及び害意が追加で四〇%低下しました。危険域を脱しました。解析結果報告を終了します》



 無機質なアナウンスが、ゴンザレスさんの僕への危険性が無くなった事を告げてくる。

 僕はゆっくりと、慎重に頭を上げて、店主のゴンザレスさんを見上げる。


 彼はしばしの間、見上げる僕の事を憤懣ふんまんやるかたないといった顔で睨んでいたが、やがて盛大に溜息を吐いた。そしてガシガシと頭を掻くとカウンターの向こうに戻り、手に持っていた棍棒のような物を台の上に音を立てて置く。



「……旅はどんぐらいの期間を予定している」



 そう言って、カウンターの向こうにある椅子に乱暴に腰を下ろす店主……ゴンザレスさん。

 僕はゆっくりと立ち上がって。



「ありがとうございます。どれほど掛かるかは、正直何とも言えません。僕の悪名がどれだけ轟いているか、それを取り払えるかによります」



 改めてもう一度頭を下げてから、カウンターの彼に近付く。



「はんっ! こりゃあ生きてる内に終わるか分かんねぇな。とりあえず必需品と一週間分の保存食を見繕ってやる。ちぃっと待ってな」


「ありがとうございます。頑張ります」


「ああそれと」



 「よっこらせ」と腰を椅子から持ち上げたゴンザレスさんに、首を傾げながら顔を向ける。



「その〝僕〟ってのと、丁寧な言葉遣いは辞めた方がいい。謝る時はともかくとして、旅の道中なんかは舐められちまうぞ。もっと砕けた口調にしときな」


「ありがとうござ……んんっ、ありがとう。僕……俺も舐められたいワケじゃないからな。助言に感謝する」


「ふんっ……」



 そう言ったきり、黙々と品物の選定に没頭し始めたゴンザレスさん。僕は苦笑しつつそれを眺めながら、作業の邪魔にならないように、離れた位置に居たアンネロッテの元へと戻る。



「サイラス様、アレは一体どういうおつもりですか? 御身は公爵家に連なる貴いご身分なのですよ?」



 普段抑揚に欠けているにしては珍しく、少々刺々しい口調で詰問してくるアンネ。

 僕は子供の頃よくやっていたように、小柄なアンネの頭に手を置いて、撫でて宥める。



「言っただろ? 僕……俺はああして、今まで迷惑を掛けてきた人達に謝りに行きたいんだ。そのためだったら、貴族の身分なんて有って無いようなものだよ」


「ですが……!」


「なら同行を諦めると良い。これは旅なんだから。アンネ、お前はどうしたいんだ?」


「…………サイラス様はおずるいです。分かりました。もう文句は言いません」


「そうか」



 本当なら同行を諦めてほしかったんだけどな。

 先程の怒りに燃えたゴンザレスさんのように、武器を取り攻撃されるかもしれないんだ。


 勝手に距離を置いた僕……俺が言えた義理じゃないけど、妹のような存在でもあるアンネを危険な目に遭わせたくはない。しかし彼女の頑なさを知っている俺でもあるから、コレで帰ってくれないならもはや説得は不可能なことも理解してしまったワケで。



「ですが御身に危険が迫れば、私は即座に防衛行動を起こしますからね」


「心強い限りだけど、謝罪相手に暴力は振るわないでくれよ? 謝罪の意味が無くなっちゃうからね?」


「時と場合によります」


「ええぇ……頼むよ……? ホント頼むからね?」


「時と場合によります」



 若干の不安を感じつつ、そんなアンネと共に道具が揃うのを待った。


 本音を言えば、さっきゴンザレスさんが武器を手に取った時は……いや、胸倉を掴まれた時から、生きた心地がしなかった。あれほどの怒りを抱えさせてきた過去の僕を、時間を遡ってそこへ行って、殴って止めたいほどに。


 でもだからこそ、この〝謝罪の旅〟はやり遂げなくちゃいけない。

 いつかあの怒りが僕……俺に突然向けられれば、最悪殺されてしまうかもしれないし、こんなどうしようもない俺だって別に死にたいわけじゃない。


 何より、前世の謝り通しで命を落としたもう一人の俺――四ノ宮しのみや夏月かつきが浮かばれない。


 だからなんとしても謝罪の旅を完遂して、もう謝らなくても良い生活を今世では送りたい。

 だから僕は……俺は、明日も明後日も【土下座】をするんだ――――




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