第四話 旅立ちの日に、君に【土下座】



《心よりの誠意ある謝罪を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》



 あの日父上に謝罪をした時と同じように、頭の中に無機質なアナウンスが響き渡る。それと同時に、僕の身体はまるで操り人形のようにスルスルと動き、その所作をなぞっていく。


 対面にエリィを見据えて姿勢を正し、両膝を揃えて着いて床に座る。両手は淀みなく動き、床に突いて僕の伏していく上体を支える。


 僕の顔は父上の時とは違ってしっかりとエリィの顔を見詰めてから。それからゆっくりと頭を下げて、額を床に擦り付けた。



「さ、サイ兄様!?」

「サイラス!?」



 母娘おやこの驚いた声が重なって、僕の耳朶じだを叩く。



「エリィ、僕は最低の兄だ。君と楽しく暮らしていた裏で僕はワガママ放題をして、カサンドラ義母上や公爵領の領民達……そして何より父上に、酷く迷惑を掛けてきたんだ。僕は自分の悪行を精算するために、この家を出て旅に行かないといけない」


「サイ兄様、そんな……!」


《ユニークスキル【土下座】の効果波及を確認。対象:エリザベス・シャムールの動揺が五〇%、悲愴度が二六%上昇しました。危険は感知されませんでした》



 凄いなコレ。他人ひとの動揺とか、心の動きまでわかるのか。



「僕はエリィが大好きだよ。最愛の母上を亡くして独りぼっちだった僕にはね、当時エリィがカサンドラ義母上を困らせないよう必死に不安を隠していた姿が、どうしても自分に似てえたんだ。この大きな公爵家の中で、同じ独りぼっちの仲間が出来たように思えたんだ。だから、せめて不安に思う事が無いように守ってあげなきゃって、そう思ったんだ」



 床に額を擦り付けながらの告白。

 傍から観たらどんな風なのかな、などと、しようもない事を頭の片隅で考えながらも、僕の口は僕の心情を余すことなく吐露していく。



「エリィが初めて見せてくれた笑顔は、今でも大切な僕の思い出たからものだよ。僕はエリィと一緒に居る時だけは、亡くなった母上の事を忘れることができたんだ。だからそんなエリィとお別れをするのは、本当に辛い。でも――――」


《ユニークスキル【土下座】の効果の追加波及を確認。対象:エリザベス・シャムールの動揺が十一%、悲愴度が十二%追加上昇しました。危険は感知されませんでした》



 ……危険が無いなら少し黙っててくれないかな。エリィがますます悲しんでいる報告なんて聞いてたら、ちゃんと謝れないじゃないか。



「本当に、ごめん。僕は公爵家に、領民に、父上に掛けた迷惑を精算してこないといけない。それにエリィにも、これから大きくなってから僕のせいで迷惑を掛けるかもしれない。だから、僕は行くよ。僕自身の手で、僕の不名誉を拭ってくるから。それが済んだら、また必ずこの家に戻って来るから……。だから……ごめん」



 心から謝ること。それがこんなにも辛く苦しい事だなんて、僕は十八年も生きてきて、初めて知った。


 きっと、エリィを悲しませてしまっているだろう。

 僕は所作のせいだけでなく、自分の弱さのせいでも頭を上げられなかった。



「サイ兄様、お顔を上げてください……!」



 そんなエリィから掛けられた言葉に、どうしようもなく身体が強張こわばる。僕は震える声を出すエリィの顔を見るのが怖くて、なかなか顔を上げられないでいた。しかし――――



「サイ兄様!」



 そう一際大きなエリィの声と共に、僕の両脇に手が差し込まれた。そしてそのまま上体を起こされる。



「サイ兄様ぁ……!」



 そこには、目を真っ赤にして涙を流しているエリィの顔があった。【土下座】をしている僕の身体を起こさせて、泣きながら、真正面から僕の顔を見詰めるエリィ。



「エリィは……っ、エリィはぁ……っ!」


「ごめん、エリィ。ダメなお兄ちゃんで、本当にごめん」



 僕と同じく、公爵家で独りぼっちなエリィ。

 その可哀想で愛おしい、血の繋がりは無くても大切な僕の宝物いもうとを、抱きしめる。



「行ってくるよ。必ず帰って来るから。カッコよくて、エリィが自慢できるようなお兄ちゃんになって、お土産も持って来るよ。だから……行ってきます」


「はい……はい……っ! エリィは待っています! ずっと、サイ兄様がお帰りになるのを……待って……うぐっ! うああああんッ……!!」



 遂には声を上げて泣き始めてしまったエリィを、僕は強く抱きしめて。

 しばらくそうしていた僕は、カサンドラ義母上にエリィをお願いして、義母上にも改めてお詫びの言葉とお別れを伝えてから、そっと応接間を後にした。


 これで未練は……未練だらけだけれど、この家公爵家とは本当にお別れだ。兄上二人は荒れた僕とは距離を置いていたし、そもそもここには居ないからね。


 僕は背負い袋一つという身軽な格好で、公爵家の玄関をくぐる。


 空は良く晴れていた。


 これから、ここから。僕の、謝罪の旅が始まるんだ。そう思いながら、いつ帰って来られるか分からない我が家の庭園を目に焼き付けながら、アプローチを門まで歩いて行く。



「サイラス様」



 そうして門をくぐろうとした僕の耳に、聞き慣れた、抑揚に欠ける声が掛けられた。




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