第二話 初めての【土下座】



《心よりの誠意ある謝罪を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》



 何だそれは、と戸惑う暇もなくは発動し、僕の身体は操られるようにして、滑らかに動き出した。

 折檻の痛みなど関係無く僕は身体を起こし、両膝を揃えて曲げて床に座る。両手を床に敷かれた絨毯に突いて、勢いよく頭を振り下ろした――――



 ――――ゴヅンッ!!



「…………何のつもりだ、は?」



 僕自身も訳が分からないが、それはいきなりこんな行動を取られた父上や義母はは上――カサンドラと呼ばれた、先程から僕を庇ってくれている女性だ――も同じだろう。

 だけどさっきのアナウンス以降、そして前世の記憶が甦って以降……何となくだけれどが、最上級の謝罪の意志を示す所作だということだけは理解できた。


 ゆえに僕は――――



「これまでの度重なる、数え切れぬほどの不始末。父上に……ゴトフリート・ヴァン・シャムール公爵閣下に伏してお詫び申し上げます……!」


「なんだと……?」



 僕は謝罪の言葉を述べた。決して頭を上げず、誠心誠意を込めて、言葉を搾り出した。

 そう。前世のあの僕……〝土下座衛門〟と揶揄やゆされ罵倒されていた彼――四ノ宮しのみや夏月かつきのように。



《ユニークスキル【土下座】の効果波及を確認。対象:ゴトフリート・ヴァン・シャムールの敵愾心及び害意が五〇%低下しました。危険域を脱するには残り二〇%低下させる必要が有ります》



 再び頭の中に鳴り響いたアナウンスに、僕はこの【土下座】というものの効果をなんとなくだが理解する。

 敵愾心や害意を低下させる……つまりは相手の意志をコントロールすることが可能なんて、とんでもない効果だ。



「……それが貴様の、貴様なりの謝罪ということか」



 父上が戸惑うように、訝しむように声を掛けてくる。


 それもそのはずだ。今まで僕は、今も父上の傍らに立っているであろう義母上――父上の後妻に庇われて、誰に対してもまともに謝罪をした事など無かったのだから。



「このような事如きで過去を無かったことには出来ません。ですがせめて……愚かな息子の謝意を、伝えたく存じます……!」



 前世の〝土下座課長〟時代を思い出したからなのか……僕の口からは謝罪の言葉が、スラスラと淀みなく紡がれていく。

 っていや、どんだけ謝り通してくればこんな事になるんだよ……! 正直、四ノ宮夏月への同情を禁じ得ない思いだ……!



《ユニークスキル【土下座】の効果の追加波及を確認。対象:ゴトフリート・ヴァン・シャムールの敵愾心及び害意が追加で二〇%低下しました。危険域を脱しました。自身の身内であるために効果の波及が早かったと推測されます。解析報告を終了します》



 頭の中に無機質な声が鳴り響く。



「……おもてを上げよ、サイラス」



 父上の怒りを噛み殺したかのような声に、遅過ぎず早過ぎずと気を付けながら頭を上げて、その顔を見上げる。未だ瞳からは憤怒の火は消えていないことが窺えたが、声と所作には落ち着きが戻っているように感じた。



「……家名の没収だけは、その誠罪に免じて取り止めよう。だが貴様には、自身が積み重ねた汚名を雪ぐ事を命ずる。公爵家より出て、貴様が貶めた我が公爵家の名誉を取り戻すのだ。そしてそれが出来るまでは我が家に立ち入る事は許さん。十五の成人の祝いに貴様に与えたこの宝剣も、それまで私が預かっておく」


「……寛大なお言葉、深く感謝いたします……!」



 父上のその言葉は、実質的には追放と変わらなかった。

 だけど僕が家名を名乗る事を許し、家の外でだけどやり直すための機会を与えてくれたのだと、僕には理解出来た。



「その傷が癒えるまでは置いてやろう。だが癒えた暁には、直ちにこの家から出て行くのだ」



 そう言い残し、父上は部屋から出て行った。

 それを見送った僕に、最初から最後まで僕を父上から庇ってくれていた義母上が歩み寄ってきて、優しく僕の身体を起こしてくれる。



「大丈夫ですか、サイラス……? 守ってあげられなかった母を許してください……」



 何を言っているのだ、この女性ひとは。


 今まで……僕が八歳の頃に実の母を事故で失い、それから荒れていった中で。

 僕が十歳の頃に、義理の妹となるエリザベスを連れて公爵家に嫁ぎ、それからは自身の評判の低下も厭わずに、このどうしようもない僕を庇い続けてきてくれたというのに。



「義母上には、今までに散々護っていただいてきました。そして今この時も、貴女は僕を助けようとしてくれています。今の今まで……愚か過ぎるこの僕を慈しみ、護ってきて下さった事……深く深く、感謝致します」


「サイラス……!」


「エリザベスにお別れを言うのは辛いですが……己の愚かしさのせいですね。僕は家を出て、今までの自身の愚行を精算して参ります。そしていつか……それが成った暁にはここに戻り、愛する妹のエリザベスに改めて、誠心誠意謝ります。どうか、勝手ばかりのこの愚息をお許し下さい、義母上」


「いいえ、いいえ……っ! 貴方は、突然娘共々この家に嫁いで来た私達母娘おやこを、娘のエリザベスを誰よりも深く慈しんで、愛してくれたではないですか……! この母には分かります! 貴方は、本当のお母上様の死に深く傷付いてしまっただけだと……! その繊細で心優しい貴方自身を、その心を護るために、粗暴に走っていただけなのだと……!」


「買い被り過ぎです、義母上。ですがお言葉のおかげで、新たな気付きを得られました。僕は八歳のあの時から、何一つ成長していないのだと。己の殻に閉じ篭って、傷付いた弱い自分から目を背け続けていただけなのだと。本当にありがとうございます、義母上」


「サイラス……っ!!」



 改めて、この女性ひとに感謝を伝えられて良かった……。そう思いながら僕は痛む身体を引きずって、自分の部屋へと戻って行ったのだ。




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