後悔してる?1
中学生のとき、人生で初めての恋をした。引越し先にあったからという理由で通うことになった中学校で。
マキは活発な女の子だった。数学が得意で、笑顔が絶えなくて、物事をはっきり言う人間だった。俺たちはどこかお互いの波長が合ったのか、自然と惹かれ合って仲良くなった。毎日学校が楽しくて楽しくて仕方が無かった。でも何故か分からなかったけど、マキと昼食を取っているとき、マキと好きな音楽で盛り上がっているとき、マキと帰っているとき、
*
学校の図書館で宮沢賢治全集を捲ってみる。屋根や地面が水滴と奏でる雨音が、俺たちを包み込んでいた。学校が始まってまだ二ヶ月くらいの梅雨の季節。
「へ〜?宮沢賢治好きなんだ」
違う、そうじゃないんだマキ。俺はこの程度の否定も出来ずに、曖昧な笑みを貼り付けて誤魔化した。
「あー…うん、ちょっとだけ興味あって」
「私、あんまり詳しくないけど『銀河鉄道の夜』は好きだよ」
マキは歌うようにそう言ったあと、囁くようにポツリと呟いた。
「ほんとうのさいわいは何だろう?」
その瞬間全身の毛が逆立った。理由は分からなかった。
「……本当の幸い?」
「うん。トモは何だと思う?」
またしても、俺は上手く答えられなかった。
『ほんとうのさいわい』
俺は一体何をしているのだろうか。
*
「ね、花火一緒に行こうよ」
「花火?」
「そう!まだ
「いいね、行きたい」
「楽しみにしててね。ここのは他と格が違うんだから」
俺たちは、もう何となくお互いの好意に気付いていた。都合が良くて、心地の良い関係。ただ一つ、付き合うのにはその好意だけでは不十分だった。
待ち合わせ場所に来たマキはいつも通りのマキだった。マキが、花火を純粋に楽しんで欲しいから花火が上がる前に余裕を持って食料調達と場所確保をしよう、と言うので早めに会うことになっていた。
「あれ、早いね。私も早めに来たつもりだったのに」
「今日凄く楽しみで、遅れるのが怖かったから」
「ふーん?じゃあ食料調達に参りますか」
「おう」
無事に焼きそばやら何やらを獲得した俺たちは、花火を見るのに相応しい場所にレジャーシートを敷いて座ることに成功した。空はすっかり暗くなって、周りには色々な人たちが俺たちと同じように座っていた。カメラをセットする人、カップルらしき男女、家族連れ……。この祭りや花火大会が持つ、浮ついた非日常感みたいなものが俺は好きだった。
「やっぱり結構賑やかなんだね」
「当たり前よ、昔からこの花火を見ないことには夏が始まらないって言われてるんだから」
「昔?同い年なのに……」
「……もう、うるさいなぁ!」
マキは笑いながら、その凶悪な肘で俺の脇腹を突いた。
「ははっごめんって」
「……楽しそうで良かった」
「え?」
「いや?トモは気が付くと暗い顔してるからさ」
「え……そうかな」
「そうだよ。きっと教えてくれないから、私から聞くことはしないけどさ、もし話したくなったら何を抱えてるのか聞かせてよ。ちょっとくらいは私も持てるかもしれないから」
マキの表情は見えない。何か言わなくちゃ、そう思ったけど頭が回らない。花火が打ち上げられるというアナウンスが流れる。
「あ、あのさマキ……」
喉から出かけた言葉は、花火の音に全部掻き消される。
ドンッッ…
胸に直接轟く豪快な爆発音と共に、その音に恥じないくらい派手な花火が空に咲いた。
目の前の空一面に、大きな金色の花が描かれる。あれ、花火ってこんなに大きかったっけ?そう心の中で呟くのがやっとで、次々と咲いては散ってゆく花に俺は文字通り圧倒された。
「これは……すっげえな」
誰にも届かないであろう言葉が自然と漏れる。きっとこのときの俺は口が半開きでさぞ間抜けな顔だったに違いない。
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