あの頃の話2
あの日から俺たちは、時々一緒にブランコに乗るようになった。それに加えて教室の中でもよく話すようになった。それはつまり友達になったということではないか、と言われるかもしれないけれどそれは少し違う。レナは俺と話すようになっても、俺に対して決して他者を拒む壁を取り払うことはしなかった。これは俺がレナと話をし続けて何となく感じたことだ。彼女は元々他人と馴れ合ったりする種類の人間ではなかった。でも話しかけられればちゃんと答えるし、極端に暗いわけでもなかったから、大半の人間にはちょっと大人しめのあまり絡みのない友達という風に見られていた筈だ。スポーツとか楽器とか勉強とか、何でもいいけど何かを追いかけたことがある人なら分かると思う。そこに足を踏み入れて、進めば進むほどその何かとの距離が離れていく、と言うより離れていたことを実感するあの感覚。俺がそれに似たものを感じたのはレナが初めてだった。何が言いたいかというと、レナがあの頃の俺との関係性をどう呼ぶのかは分からないけど、少なくとも俺にとってそれは友達と呼ぶには少し距離がありすぎた。それに加えて、俺達が友達であるためにあったはずのものが一つ欠けていた。
レナが地味な地位にいるのには、彼女の振る舞い以外の理由があった。彼女の体に度々現れる傷痕や身なり。今考えると家で酷い目にあっていたのだろうが、まだ無邪気だった俺たちの大半は何だかみすぼらしい、というような感想しか持っていなかっただろう。幸いそれを理由にイジメが横行するというようなことは(少なくとも俺の知る範囲では)無かったが、人に対しそういった評価をしていると、人間はふとした瞬間に意図せずそれが行動に表れてしまう。それが何度も繰り返されてレナに対する評価が彼女以外の人間の間で共通認識になると、授業中や休み時間、学校行事に、彼女のことを半意識的に避けてしまう状況がどうしても出てきてしまう。これに気付いている敏い人間はそれを自然にフォローすることに努めるが、俺にはそれが何故かできなかった。その理由は自分でもよく分からないが、ともあれつまりその欠けたものとは友情のことだ。
レナは案外お喋りで、いつの間にか俺が彼女の話を聞いてばかりいる、ということがよくあった。その度に俺は大人と話している錯覚に陥った。この言い方も正確じゃないかもしれない。難しい話をしている大人達の会話を、何も分からないまま音だけ追っている感覚。まさにそれだ。レナは尋常じゃないほど大人びていた。それは恐らく彼女の家庭事情によるものだと、今なら予想がつく。あの年齢の子供が皆持っている筈の無邪気さや希望が、どのようにして壊され、彼女が日常を退屈に悩むようになってしまったのか想像もしたくなかった。それこそが彼女の作る壁の正体であり、俺はそれを壊すべきだったのかもしれない。分からないけど、壁越しに話を聞いていた俺の存在は、何かレナにとって良いものだったのだろうか。
*
「でね、兄妹はそのトマトを持ってサーカスに行くの。それがお金の代わりになると思ったから。そうだと祈っていたし、きっとその二人にとってトマトは金貨以上の輝きを持っていたに違いないわ。………」
…………
「………どう?今の話、この兄妹は可哀想だと思う?」
俺はどう答えたんだっけか。今なら何と答えるだろうか。何と答えるべきだろうか。
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