あの頃の話1’

 今までの私の人生で楽しかったことはそう多くない。平均的にはどうだか知らないけど、きっと私は生まれが不幸な部類なんだろうと思っている。小中高、ちょっと空いて大学時代。前者3つははっきり言ってクソだった。どうクソだったのかの話をしても気分悪いだけだから、今はとりあえず置いておく。学校の良かった所は、図書館があったことだった。本というのは現実から目を背けるにはとても都合のいい物で、それに気付いてからは学校の図書館の常連だった。ミステリーとファンタジーの世界は、退屈で薄汚くいつも私を絶望させるこの現実とは対称的で、私の唯一の拠り所になった。


ところが、どういった教育理念があったのか知る由も知りたくもないが、小3の頃“晴れの日の休み時間は外で遊ぼう”キャンペーンが担任の教諭によって開催された。教室で絵を描いたり喋ったりしていたクラスメイトは勿論、ずっと図書館にいるらしいことを知られた私も外へと追いやられることになった。


結果として意外にもそれは私にとって良い影響を及ぼした。私は外で遊ぶことでしか得られない何かを、その教諭が意図した方法ではないにせよ手に入れることができた。感謝の念など微塵も沸かないものの、これがなければ今の私がないのは確かだと思う。



「小林さん、外で遊んで来なさい。朝の会でも言ったでしょ」

「……」

 遊んで来いと言われても、私のいる隙間は校庭には無いように見えた。ちょっとした絶望を感じながら、私は校庭の端をなぞるように一周することに決めた。


外は退屈な上にうだる暑さで、空調の効いた涼しい本の宝庫と比べるとうんざりした。ボンヤリとさっきまで読んでいた本を思い浮かべる。朦朧とする頭の中に黒い人影が踊り出した。文章中で最も出現頻度の高いアルファベットは“e”。そこから難解な暗号を論理的かつ華麗に暴く彼は、もし私の立場だったらどう振る舞うだろうか。今でも私が分かることと言えば、身の周りの人間ではクズが一番多いということくらいだ。私は彼のような美学を持てるほど、何かに強く拘ることが出来ない。


校庭を半周程したとき、丁度木の影が落ちているブランコがガラ空きなのを見つけた。丁度いいな。そう思って私はその小さな隙間に座った。無意識に足を揺らすと、それに応えるようにブランコわたしが揺れる。体が上に傾いて、今まで見えていなかった青空がよく見えた。どこにも行けない私は、この鎖で繋がれた領域では自由であると感じた。閉じられた解放感とでも言おうか、奇妙な心地良さに揺られて暫くすると、すぐ横でクラスメイトの一人がこっちを見てるのに気が付いた。


内心私はとても焦った。一人でいるのは馴れていたけど、その時の私はあまりにも無防備だった。いつから見られていたのだろう?何で見られているのだろう?勝手に感じている恥ずかしさを誤魔化すように、感情がなるべく表に出ないよう彼に声をかけた。

「乗らないの?」


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