ブランコな彼女
小夜樹
過去編
あの頃の話1
割と多くの人に、長らく会っていないのにどうしても忘れられない人という存在がいると思う。家族だったり初恋の人だったり初めて自分を認めてくれた人だったり憎くて堪らない人だったり、はたまた特に理由もないのに記憶にこびり着いているあの人だったり。俺にとって彼女はどちらだろうか。はっきりしないけど、とにかく彼女は俺にとって忘れられない人だった。眠れない夜とか疲れてぼーっとしてるときとか、あとは公園の前を通り過ぎるときとか。昨日会った友人を差し置いて度々俺の脳裏に出現する彼女だったから、最後に会ってから6年だったのにも関わらず何となく気付けたのだろう。
あの再会には、縁とか運命とかそんな言葉が相応しいのかもしれない。なぜなら彼女は、俺の夢とか家族とかそういったものとは別の場所にしまってある存在で、言うなれば彼女こそが俺の人生の裏テーマみたいなものだったから。
*
彼女と本格的に対話したのは、俺達が小学3年生の時だった。俺が通っていた小学校の校庭にはブランコがあって、その年の休み時間は学校中の児童がブランコで遊びたがるという謎のブームがあった。と言っても、授業が終わるが否や上級生が一目散にブランコに群がって占領したから、俺達下級生が使用することができたのはほんの少しの間だけだった。夏休みが終わると同時にブランコブームは過ぎ去ったのだが、まだ満足に乗れていなかった俺はある日の昼休みにブランコに乗ろうとした。そこで彼女を見た。
彼女は所謂大人しくて静かな女子で、教室でいつも本を読んでいるような子だった。何回か会話をしたことがあるものの特段仲が良いかと言われればそんなこともなく、単なるクラスメイトというのが俺達の関係にピッタリな言葉だった。
俺が見たとき、彼女は何でもない顔をしながらただブランコを漕いでいた。上手く言えないけど、その様子はどこか変だった。彼女の周りだけふわっと何か他の力が働いてるみたいで、かと言って変な動きをしてるわけでもなく。俺は何だか不思議な気持ちになって、彼女の隣のブランコの鎖を掴んだまましばらくそれを眺めていた。傍から見れば変なのはどう考えても俺の方だっただろう。
「乗らないの?」
退屈そうな声なのに、どこか挑発的な響きだったのをよく覚えている。何かに押されたように俺はブランコに乗った。
「乗るよ」
その昼休みの間、俺たちは一言も話さず、一心不乱に漕ぎ続けた。俺がブランコを漕ぎ出すと彼女は今まで小さく漕いでいたのを止めて、大きく漕ぎ出した。変な話、俺はちょっとした絶望みたいなものを感じた。例えるなら50m走で、隣がとんでもなく早いやつだったときのスタートダッシュ直後みたいな。俺が彼女の振れ幅に追いつくと、彼女はチラッとこっちを見て減速して、それに俺が追いつくと……を繰り返した。
「ほら、早くこっちにおいでよ」
そう言われてるみたいで、俺は必死に彼女に近付こうとした。何度も繰り返すうちに、俺は違和感の正体に気付いた。俺が躍起になって全力で上に行こうとしている間も、彼女はずっと脱力してるようだった。衝撃だった。上級生達が足を大袈裟に振って高さの限界まで力強く漕いでたのを外から見ていた俺は、それが理想の乗り方だと思っていたから。まるで彼女自身に質量がないみたいに軽々とブランコを乗りこなす姿はどこか危なっかしくて、俺の意表を突く為の不自然なリズムはどこか本に出てきた
予鈴が鳴って、俺達は何も言わずに減速してブランコを降り、校舎へと歩き始めた。
「レナってブランコ乗るの上手だね」
「そういうトモ君も中々じゃん」
彼女はまた普段と変わらない退屈そうな声色でそう言ったけど、その顔が少しだけ笑っていたのを俺は覚えている。
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