❅俺にないものを持ってる“世界”が羨ましいって思ってたよ

❅藍堂翔琉 kairi×kakeru

僕が僕であるのは。

煩い蝉の声。

だるような熱気に視界が沸いたやかんの真上のようにゆらゆらと波打つ。

申し訳程度にそよぐ風がまだ救いか。

目の前に広がる空には雲一つない。

その代わりに目が痛くなるぐらいの光線を送り続ける太陽がいた。

いますぐにでも分厚い雲が出来てあの眩しいもの・・・・・を隠してくれたらいいのに。


頭上の先で扉が開く音。

ざりざりと地面のコンクリートが擦れる音が近づいてくのを聞いていた。


「やっぱりここにいた。」

「別に俺がどこにいたって“世界”には関係ないだろ。」視界に彼女をおさめることなく青空を見たまま答える。

「君は学生で、今下は授業の真っ最中だけど?」

「“世界”もな。」俺の隣へと寝ころんだ彼女を見据えて答えた。

俺はともかく、この小綺麗な制服を纏った彼女は何のためらいもなく掃除もしていない雨ざらし日ざらしの屋上なんかに寝ころんでいいのか?

「私は息をするためにここにいるだけ。」

彼女はしっかりとした眼差しで射抜いてきた。

そんなのは俺だって同じ。

この下は空気のない水槽だ。溺れて衰弱して麻痺するまで逃げられない地獄だ。

「俺たちはだろ。」

君は俺と違って輝いているくせに。

――眩しい。

――眩しいから目をそらしたくなる。

――光があるから闇を濃くする。

それでも俺達という俺は馬鹿なのか。


いますぐにでも分厚い雲が出来てこの眩しいもの・・・・・を隠してくれたらいいのに。



彼女は“世界”。

それが苗字なのか名前なのかも知らない。

ただ俺が知るのはこうして屋上でたびたび現れる彼女のことだけ。

だけど、ひとめ見た時から分かってた。

俺と“世界”は違う。真反対と言えるほどに。


彼女はなんでも持っていた。

何にもない俺はそんな彼女が羨ましくて。それでいて眩しかった。





そんな俺を“世界”は夏休みの間、連れ出して色んなものを見せてくれた。

教えてくれた。

与えてくれた。






夏休み最後の夜。

“世界”と2人、学校の屋上に忍び込んで花火を見ていた。

「きれい。」花火をじっと見つめる彼女の零れた言葉を飲み込んだ。

花火が咲くたび照らされる横顔が綺麗で一寸の曇りもなく澱みのない“世界”。

「ああ、綺麗だ。」


「なぁ、“世界”。」

「なに?」

「“世界”は、俺の“世界・・”だ。」

“世界”は俺の世界に色を与えてくれる。

楽しいも嬉しいも悲しいも寂しいも嫉妬も全部。

モノクロだった俺を“世界”が変えてくれた。

鮮やかに彩られた“世界・・”は美しい。

彼女のその“世界・・”が美しい。

あの頃の何もない白と黒の世界は息すら詰まる。

―――俺を救ったのは誰でもない“世界”、君だ。

彼女は、「なに、俺の世界って。私は君のもんになった覚えはないよ。」って笑うから俺も「そうだね」って笑った。














時計の針は何度も何度も回って。

カレンダーは薄くなり始めていた。

茹だるような熱気は面影もなくなって代わりに冷たい風が今度は俺を苛む。

煩わしかった太陽が少し恋しいくらい物悲しい。


屋上に一人寝ころぶ。

もう来訪者は

――――いない。

あの眩しいものは隠されるどころか消えてしまった。







――――≪俺に全てを教えてくれた君はもういない≫










「ごめんね。もうつらいんだ。」


―――――――――だから、バイバイ


なんでも持ってた君。

俺より遙かに彩鮮やかだったはずの君はそう言って屋上から空へと羽ばたいた。


―とめることができなかった。

――口を開くことすらできなかった。


――――≪彼女は笑っていたから≫

――――――≪幸福に満ちた顔で≫


俺が見ていたはずの彼女の色鮮やかな“世界・・”は“キレイ”なんかとは程遠くぐちゃぐちゃとしたただ色が歪にひしめき合って混ざり合って。

濁って。

にごって。

俺の世界すら侵食してきて。

暗く黒く黒く染めていった。

美しかった全てはもう形すらわからない。



空に向かって呟く。

「俺の全ては君だった。」

「俺の“世界・・ ”は“世界”だった。

……“世界”だけだったんだ。」



風が冷たい。

手元の金属が体温を際限なく奪っていく。


“世界”を失ってまた俺はモノクロへと戻った。

だけど、光を色を知ってしまった僕の世界は影を深めた。


俺を堕としたのは“世界”、君だ。



――――≪世界は残酷なほど美しい≫







―――――――――――昨夜未明、屋上から転落したとみられる…



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