第15話坂本凪の悪夢5
心って、傷つくとそこから固くなる。皮膚と同じなんだ。
俺はそのことを、文高と再会してから、痛感している。大学に進学するまでは、温かい家庭とか、揺るぎない親愛とか、居心地の良い場所なんて知らなくて、両親から無視され、弟には虐げられ、自分ひとりだけ家族じゃないみたいに過ごすのが、当たり前だと思ってた。でも、大学で野田や斉藤、小西と出会い、居心地のいい空間を手に入れ、そしてなにより辻と・・・晴香に恋をした。片思いで、恋愛はきっと成就しないけど、友だちとして晴香と仲良くなり彼の優しさに触れるうちに、俺の心は柔らかくなっていったんだ。だから、そのぶん、傷つくことは痛かった。
文高はいかに俺の恋愛が間抜けで異常で馬鹿馬鹿しいのか、毎日毎日語った。そして、俺が逆らえば、晴香に俺の恋心を教えると脅してきたのだ。俺がいかに矮小な存在か教えてくれる弟。文高の言葉や態度に傷つけられて、でもそのうち何も感じなくなった。心が固くなったのだと、思う。今この苦しい場所さえも、俺が生まれてきた場所よりちょっとましで、やっぱり俺は一生誰からも愛されなくて、ただ生きてるだけなのだと思えるようになった。今までは、夢だったんだ、全部。
俺の境遇が、飛びぬけて不幸だなんて思えない。両親に愛を注いでもらえなかったなんて、そこらじゅうに転がっている話だし、暴力的なことはされていないだけ、幸せだとさえ思う。ただ、奴隷だった。支配されることが当たり前で、もはやそれが心地よいのかもしれない。
「おい、兄貴」
バイトから帰っていた弟が、暗い部屋の電気をつけた。弟が部屋にいる時間以外は、電気やトイレ水道といった、お金がかかるものを使うことは制限されている。トイレだって許可制だし、俺はこの部屋の働く置物みたいなものなんだ。インテリアなんて言うのはちょっと烏滸がましいくらいのもの。文高は、俺を支配することで自分の優越感を確実なものにしている。彼にとって大事な存在ではないけど、彼をより優秀で素晴らしい人間にするための道具。人間を道具にしてしまうところに、欠陥を感じなくもないけど、あの両親のもので育ったら、そうなるよなあ、とも思う。
「おい、兄貴。辻さんに言ったから。兄貴が辻さんに恋愛感情を持ってるって」
「え」
今までつらつらと考えていたことが、全部全部ふっとんだ。むちゃくちゃだ。頭が真っ白になる。
「辻さん、引いてたぞ。『ゲイってこと?俺そういう目で見られてたんだ。ちょっと無理だわ』って」
あああああああ。何もするつもりなんてなかった。友達のままでよかった。人生で一番幸せな時間だった。
でも、でも、もう俺の恋は粉々に砕けてしまった。
まいにち、晴れて 満奇 @makidou
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