第10話 逃亡

「こ、ここまでくれば大丈夫な筈だにゃ…」


謎の手足を見た俺達はとにかく走った。走ってアユルまで帰る予定だった。


が、慌てるが余りアユルとは反対に走ってしまった様で…


「てかここ何処だにゃ…」


「アユルから随分と離れちまったらしいな…」


どうやら軽く遭難してしまった様だ。方角も場所も分からないし、今回は追加で殺人鬼と鉢合わせる危険すらある。


今まで以上にマズイ。


一刻も早く森から抜けないとだ。


「ネネ、お前は何か持ってないか?」


「閃光玉とか毒ナイフとか、護身用のアイテムしか持ってないにゃ。ヤマは何持ってるにゃ?」


「俺は…すまん…小型のナイフしか持ってない」


「そのサイズのナイフがあれば枝や草を切ったり出来るにゃ。そんな悲観になることないにゃ」


相変わらず楽観的な事で…


「さて、問題はどっちに進むかだが…」


その瞬間、近くの草むらが音を立てて揺れ始めた。


まさか…モンスターか!


しかしそこから出てきたのは…


「大丈夫ですか!」


「だ、誰にゃ!」


反射的に、ネネは毒ナイフを、俺もナイフを持って身構えた。


声の主は…これまた剣を腰に持ち、少し大きめなリュックを背負った少女だった。


「大丈夫です!怪しい者では無いですから!宜しければ事情を伺っても…?」


俺達はさっきあった事情を彼女に話した。


「成る程…人のパーツが…ですか」


「そうだにゃ!こんな森さっさと脱出したいんだにゃ!」


彼女は少し考えると、俺達に提案した。


「分かりました!この辺りの地理には詳しいので、私がアユルまで送り届けます!」


「本当かにゃ!」


それは願ってもない事だ。出会ったのは偶然かもしれないが、これでネネを安全に帰らせる事が出来るだろう。


「ではこちらです」




俺達は彼女に従い、森を進む。


ネネは少し怖いのか、俺や彼女に必死に話しかけていた。


「そのリュックには何が入ってるんだにゃ?」


「これですか?固形食料に水に解毒薬に傷薬…何があっても大丈夫な様に備えた物が入ってますね」


「しっかりしてるんだにゃ…」


かなり入念な準備をしている様だ。もしかして、彼女もヴィラみたいにアユルの剣士とか言うのなのか?


だが、出会ったばかりなのに根掘り葉掘り聞くのは失礼だし、黙ってよう。


「すみません…モンスターの群れが居ましたので、少々席を外しますね。荷物だけお願いします」


そう言うと、彼女はリュックを俺達に託し、離れて言った。


「良い人に当たって良かったにゃ~」


「そうだな」


ん…?この場所確か…


『ここはモンスターが苦手な毒草が多く生えてるので結構安全ですよ!』


もしかしてここ、ヴィラとキャンプした所か?


だとしたらアユルまでは大分近い筈だ。


とりあえずは彼女が帰ってくるまで待機だな。


「ヤマ、そのリュックに何か書いてあるにゃ」


「ん?どこだ?」


「そこにゃ」


指差された所を見ると、『R・マリア』と書かれていた。


てことはあの人はマリアって名前か。後でちゃんとお礼をしないとな…


「あ、こら!何してるんだ!」


少し目を離した隙に、ネネはマリアさんのリュックを漁り始めていた。


「もうネネお腹空いたにゃ」


「それは非常用で…!」


「今がその非常事にゃ。それにアユルに着いたらマリアにちゃんと弁償するから大丈夫にゃ!」


間違っちゃ居ないけどさぁ…人の荷物を漁るのは流石に…


「にゃ?何かヌルッてしてるにゃ?」


「おいおい、まさか傷薬溢したんじゃないだろうな?」


「そんなはず…にゃん?」


リュックから手を抜くと、ネネの手には…べっとりと血が付いていた…


「にゃ…?え、血…?にゃんでリュックの中に…?」


「おい!それ見せろ!」


マリアのリュックの中を見ると、血でべっとりと濡れていた服や布が入っていた。何でこんな物が中に…


いや待て、バラバラ殺人にリュックの服に血…更にその持ち主の接触…


まさか…!



「ヤマ!しゃがむにゃー!」


「え!?」


その言葉の刹那、俺らの頭上を剣が通った。


ネネの警告が早かったのもあり、横に薙ぎ払った剣を反射的に避けた。


避けなければ一死だったか…いや、今回はそんな呑気な事を言って暇じゃない!


「ネネ!大丈夫か!?」


「大丈夫にゃ!」


振り向いてみると、そこにはマリアさんが表情の無い顔をして立っていた。


その手に剣を持って…


「おい…何を…!」


「あーもう、うっさいなぁ…あいつみたいに、あんたらも死になさいよ!」


何だこいつ…!とりあえずピンチって事だけは確かだ!


恐らくだが、バラバラにした犯人も…


「ヤマ!捕まるにゃ!」


「おい!何すんだ!」


「とにかく逃げるにゃ!」


ネネに担がれたと思いきや、所謂お姫様抱っこと言う形になった。


次の瞬間、ネネは猛ダッシュを始めた。


「速!!」


「獣人のパワー舐めんにゃ!」


「逃がさないわよ…!」





「ヤマー!この辺の道知らないかにゃー!?」


「とにかく真っ直ぐ進め!確かこの先がアユルだ!」


「分かったにゃ!」


ネネは俺を担いでるにも関わらず、かなりのスピードで森を突き進んでいる。これが獣人のパワーとでも言うのか。


だがマリアも負けないと言わんばかりの速さで、ネネに少しずつだが追い付き始めてきた。


「にゃー!?追い付いて来たにゃ!?」


「あっはは!いくら獣人でも男一人担いでたら無理でしょ!」


マズイ…!このままだと俺もネネも殺される!


ネネは勿論、俺もバラバラにされたら生き返れない可能性がある。


だが…それはあくまで可能性の話だ!生き返る可能性だってある!


ネネを逃がすにはそれに賭けるしか…!


「俺は良い!ネネだけでも逃げろ!」


「そんなの無理だにゃ!ヤマが死んだらイチホシサカナを一緒に食べれないにゃー!」


くそっ!やっぱダメか!


何でも良い!何か、何かマリアを足止め出来るのはないのか!


「ヤマ!ネネの左ポケットから出すにゃ!」


「はい?」


「早くするにゃ!」


「…おうよ!」


左ポケットを漁ると、何やら変な黒い球が出てきた。


「出したぞ!」


「あいつに投げるにゃ!」


良く分からないが、言われた通り投げた。


「何これ…まさか…!」


すると森全体に響き渡る程の轟音が鳴り響いた!


「何だこの煩いの!?」


「音玉だにゃ!」


ちょっとだけ聞いたことある…


大きな音に弱いモンスターや、位置を知らせたりする為に使われ、性能の割に意外と汎用性が高いとか。


その反面…


「ただこれを使うと耳が死ぬほど痛いにゃ…」


「そう言うのは先に言え…」


耳がガンガンする…


だがマリアは轟音で足を止めている。逃げるなら今だ!


「とにかく今のうちだにゃ!」


マリアが怯んでる隙にネネは全力疾走で森を突き進んだ。






俺の予想通りアユルが見えてきて、何とか事なきを得た。


ここまで来れば門番の視界内だし、警備の目もある。もう安全だろう。


「に、逃げ切ったにゃ…」


な、何とか助かった…


ネネには無理させちまったな…


「ヤマ…もしかしてマリアは…」


「ああ、十中八九今回の犯人だろう」


「ごめんにゃ…ネネがリュック見たばっかりに巻き込んで…」


ネネは今回の事に責任を感じてるのか、随分と落ち込んでた。


「気にするな。それに知らなかったら俺らも殺られてたかもしれないしな」


狙われちまったのは仕方ない。問題はマリアをどうするなだよな…このままだと下手に森には入れない。


最悪、俺が肉壁になれば一度はネネが助かるが、それだと根本的な解決にはならない。


さて、どうしたものか…


「ヤマさん…ですか?」


俺は不意に声をかけられた。そして忘れもしない、この聞き覚えのある声は…


「ヴィラ!?」


「お久しぶりです!お元気でしたか?」


やっぱりヴィラだったか。オークの一件以来か?


「誰にゃ?」


「アユルに来るまでにお世話になった人だよ」


「なら仲良いのかにゃ?」


「あー…」


「あはは…」


仲良いっちゃ良いけど…喧嘩別れした様なもんだし…


俺とヴィラって何か変な関係だよな。


暫くバツの悪そうな顔をしてたヴィラだが、俺らを見て全身に切り傷が多いことに気付いたみたいだ。


「二人とも怪我してるじゃないですか!ちょっと待ってて下さい!」


ヴィラは腰に着けたポーチから包帯とかを出すと、手慣れた感じで治療してくれた。


どうやら森を駆け巡った時に、俺もネネも葉や枝で思った以上に切ってたらしい。


「これで大丈夫ですね」


世話焼きな所や困った人を放って置けない性格は前と変わらないな…


「ところで…ヤマさん達にお聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」


「何かあったのかにゃ?」


「今とある人を追ってるのですが…」


だがヴィラから聞かされたその名前は


「マリアと言う女性に心当たりはありますか?」


たった今、命を狙われていた人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る