7. とにかく声が大きい

 森を抜け、視界が一気に広がる。

 海が見えた。

 白亜の地層の上にあった台地の終端が、目の前にある。断崖の下は平地で、北側に浜辺のある海と、西側のこの台地よりも少しばかり高い山脈に切り取られたような土地だった。眼下には背の高い木々が折り敷くように緑の冠を密集させているが、所々が薄くなり、その下にある道の姿を見せていた。獣道ではなく、もっと広い。人や車輪が恒常的に表土を薄く踏み抉ることで下草を駆逐した跡だった。それが西の峠から、そして浜辺の方から伸びている。

 道の交差するところに、ぽかりと開けた場所があった。海岸沿いからほど近い場所だ。


「あれが、ダイーショだ」


 恐らく、かつて新天地を探す氏族があの砂浜から上陸し、そこで森を開墾したのだろう。

 集落にはテントもあるようだったが、丸太作りの家々も数多い。整備された道といい、ここに定住しているに違いなかった。集落の周囲は丸太作りの壁で囲まれ、見張り櫓まである。ポルカルッタの生まれ育った小さな集落とは、比べものにならない立派な村だ。


「ぐるっと左に回れば、こいつでも下れる道がある」

「うん。でも少しここで、休憩していいかな」

「ああ、勿論」


 ワイアもぐるりと体を入れ替えて、断崖の下に広がる、微かに霞がかった森と海に向かった。頭の後ろに腕を回し、目を細めている。

 ポルカルッタはとっくにハンドルから腕を離して、目の前の景色に見入っていた。

 少し下の辺りを大きな番の蜻蛉が横切り、それを赤みがかった体色の鳥が追う。ピイィとまた別の鳥が、どこかで鳴いた。


 ワイアの言葉通りにあった緩やかな坂を下り、平地に至る。そこは、白亜の台地から流れ下る河川によって出来た扇状地だったのだろう。下るにつれ、白い石灰岩が目に付く事は無くなっていった。


「もう1泊するか? 急げばギリギリ陽が沈むころに着くかもだ」


 ワイアが残り時間をそう見積もり、少し迷ったがポルカルッタは安全策を採った。


「急ぐ方が危ないと思う」

「だな。そうしよう」


 そうと決まれば、野営地の確保が必要だ。早々にこれと決めた場所にモーターサイクルを停め、テントと焚火、それに簡単な遮蔽柵の準備をする。

 夕食は、保存食の残りだった。どうせダイーショに着けば、新しいものを購うことになる。今のうちに、古びて腐る恐れのあるものは食べてしまわなければならない。


「ねえ、ダイーショってどんなところなの?」

「そうだなあ」


 干した果実をゆっくり口内で咀嚼しながら、ワイアは視線を上にやる。


「でかい村だから、色んなやつがいるな。知り合いも多いけど、妙なことを考えるやつだっている。気を付けた方がいいぜ」

「妙なことって?」

「そりゃ」と言ってワイアは笑う。

「少年みたいな細っこいを食いもんにしようとする奴らさ。女も売ってりゃ、男だって売ってるからな」

「へええ」

「なんだ、ブルっちまったか?」

「そうかも。知り合いなんかはいるの?」

「まあな、肉と革は取りあえずそこに持ち込む。そこそこの値にゃなるだろ」


 値段、という言葉にポルカルッタは敏感に反応した。


「もしかしてこの辺りって、通貨が出回ってる?」

「ツウカって、コインなんかのことか? あるけど、それがどうした」

「それは、どこかの国が作ってるんだよね?」

「いや、出土されるやつを適当に使ってるだけだな」

「あ、そうなんだ」

「東の方にはないのか?」

「あるにはあるんだけど」


 稀に硬貨が出土することはポルカルッタも知ってはいる。生まれ故郷のあたりでは通貨として流通する程の数はなく、好事家が集めるものに過ぎなかった。

 この辺りにはもしかしたら、金型を作り貨幣を流通させている、国家とも呼ぶべき共同体があるのかもと一瞬期待したのだが、外れたようだ。


「でも、氏族同士の取引にゃあんまり使わねえ気がすんな。どこに行っても信用があって嵩張らねえのは、やっぱ砂金だよ」

「そっか。あの肉と革なら、どれくらいになるかな?」

「しばらく食うに困らねえぐらいにはなると思うんだが……不安か?」

「??? ワイアが困らないんなら僕はそれでいいけど」

「どんな値段になろうが山分けだかんな、文句言うなよ」


 これにはポルカルッタが仰天した。


「え!? 狩ったのはワイアでしょ!?」


 確かに肉の処理なんかは手伝ったが、二人の作業量なんかはまるで違うというのに。歩合で言うなれば、ポルカルッタの分など2割に届くかどうかだ。


「なんだ、いらねえのか?」

「そんなことないけど……」

「囮役もしたし、捌くのも2人でやった。なら儲けも2人で山分けだ」


 集団行動というものに余り慣れていないポルカルッタには違和感のある内約ではあるものの、考えてみれば成果への貢献量の多寡ではなく単純に頭数で割るというのは、揉め事を避ける上で合理的な考えではある。


「では、ありがたく頂戴します……」

「よし、じゃあ今日はあたしが先に見張るからよ。少年は先に寝な」

「はぁい」


 テントに向かうポルカルッタの足は軽い。思わぬ取り分に浮かれたというより、仲間扱いされたのが、何よりも嬉しかった。


 ワイアの見積もり通り、翌日の内にダイーショの村に到着することが出来た。

 道中何も危険が無かったかというとそういう訳でもなく、村のほど近い場所では5~6匹ばかりの狼の群れに遭遇した。遠くから顔を見せるかどうかの距離だったが、槍を手に持ち仁王立ちになったワイアの大喝に恐れをなしたのか、みな尻を向けて木立の向こうへと消えていった。


「ゴオオオオアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」


 いや、これやっぱり凄いよ……どこから声出してるんだ?

 いきなり叫ぶものだからまた頭をくらくらとさせ、ポルカルッタは呆れ返る。叫ぶなら、そうと言ってくれればいいのに……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る