5. 生の実感

 結局、1日がかりの大仕事だった。革は何とか剥いで陽光と焚火で乾燥させ、肉は切り分けて塩漬けと燻製を幾らか作った。一部を除いた内臓と血は諦めざるを得なかったが、それでも大収穫だ。肉は日持ちするよう硬く焼く以外の分は、当然その日の夕食となった。食べきれないほどのご馳走だが、それでも「ここに置いていくくらいなら食べられるだけ食べてやれ」という側面が強い。


「へえ、鳥みたいな味なんだ」


 ふうふうと吹いて、串からかぶりつくポルカルッタ。一気に歯を立てると脂混じりの熱い肉汁がたっぷりと染み出すものだから、肉に歯型だけを残して慌てて口を離す。ワイアは、それを見て大笑している。


「慌てんなって。食いきれねえくらいあるんだからよ」


 言いながら、ワイアは凄い勢いで食べている。焚火の周りにぐるりと刺した串を、肉の表面が焼けるとみるや端から取り上げていってしまうものだから、ポルカルッタはその度に新たな串をくべていく。斜めに刺した肉から脂気が垂れて砂地に落ちる度に、しゅうと音がした。肉の焦げる臭いが辺り一面に漂っては、揺らぐ風がそれをどこかに運び去っていく。

 ワイア程の健啖では勿論ないが、ポルカルッタも矮蛮の串焼きに舌鼓を打っていた。味付けは塩だけだし、顎が疲れる程の堅い肉質で独特の臭みがあるが、その分旨味がとても強い。ここしばらくはなかった口内一杯に広がる脂と肉の味がもたらすのは、紛れもない多幸感だった。生きるとは誰かをて勝ち上がること、そいつを食べることで、だ。そう、ポルカルッタをして実感させるに足る晩餐だった。


「それにしても、よく食べるよね……」


 思わず口に出してしまったが、ワイアは気を悪くした風もなく、どころか食べる手を休めようともしない。


「ここんとこ、碌な獲物もなかったからな」


 どうやら、食い溜めの利く体質のようだ。


「そういや、昨夜は寝てないんだよね」

「うん。だから食ったら寝るぞ」


 結局、昨夜は彼女が寝ずの番をしてくれていたのだった。


「そうだな」と天を仰いで、

「月が落ちたら交代だ、起こしてくれ」


「いやいやいや」


 ぶんぶんと首を振る。


「今日は僕が起きとくから、ワイアは寝てて」

「少年も疲れてるだろ。朝にゃ出発してえ」


 ひと晩寝なくったって屁でもねえ、そういう言は、彼女の口から出ると虚勢にはとても聞こえない。

 結局、モーターサイクルの操縦は任せるのだからというワイアの半ば強引な言い分を聞き入れる形で、今晩の見張りは交代制となった。


 言葉の通り、テントに入ってすぐ、寝入る気配があった。

 寝息などは聴こえない。恐らく彼女に、熟睡するという習慣は無い筈だとポルカルッタは考える。きっと、僅かな気配の変化ですぐに覚醒するのだろう。野生の動物が皆、そうであるように。

 時折焚火の爆ぜる音、じりじりと昆虫の鳴く声が気まぐれに辺りを満たす。夜行性の鳥が低く鳴き声をあげる。見上げれば木々の間から、下弦の辺りが少し欠けた月が覗いていた。

 昨日の午後からずっと続いていた、忙しなく過ぎ去るばかりの時間が、ようやく穏やかさを取り戻したように感じる。胡坐を掻いて昨夜登った立派な胴回りの幹に背を預け、ポルカルッタは鼻から長く長く息を吐く。

 考えるのは、これからの事だ。


 今日は良く晴れていて、予備のものを含めてたっぷりと充電したからしばらくバッテリーは保つだろう。

 ひとまずの目的地はダイーショ氏族の集落。様々な氏族が交易に集う、この辺りでは最大の貿易都市でもある。ワイアとも、そこまでは旅路を共にする。

 そこまで行って、今までの収穫物をまた別の保存食なんかと交換する。地図も欲しい。狙うのは、ダイーショ集落にできるだけ大規模な隊列で交易に来るまた別の氏族だ。これに同行できれば、比較的安全に次の地へと向かうことが出来るだろう。まあ、しばらく集落に腰を落ち着けることになるかもしれないけど、それはそれで構わない。休息の時期も必要だし、情報収集はやってやり過ぎるということは無いのだから。

 ワイアの方は……それからどうするんだろう?

 天涯孤独になったと言っていたけど、他の氏族に友人や知り合いはいたりしないんだろうか?

 ちょっとでも交流があるのなら、あの腕の程だ、いくらでも受け入れてもらえるだろう。

 それとも一人きりで、ずっと狩猟生活を続けるんだろうか?

 2度も助けてもらったんだから、何かの形で謝礼はしたいと思うんだけど、受け取ってもらえるのかな。下手なことを言ったら、またガキが変な気をとか言ってぷりぷり怒るかも……


 気が付けば、ワイアの事ばかりを考えてしまう。駄目だ駄目だ。いくらもう矮蛮は襲ってこないとワイアが太鼓判を押したとしても、見張りは見張りだ。血と肉の臭いを嗅ぎ付ける肉食獣なんて他にいくらでもいるだろうし、今夜ここにそいつらがやってこないとは限らない。

 月が沈むまででも、夜が明けるまででも、焚火の火は絶やしてはならない。緊張と集中力を切らすこともまた、あってはならないのだ。

 あ、さりげなく一杯奢るとかならいけるかな。集落までいけば酒場もあるでしょ。

 いやいや待て待て何考えてるんだ……


 悶々とするのはポルカルッタばかり。鬱蒼とした森の夜は静かに更けていく。

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