11話 しばし団欒

半グレと全面戦争になったことはすぐに暗羅様に伝えた。

「そうか」

とゲーム画面から目を離さずそれだけ言われた。

彼女にとっては実際大した問題ではないのだろう。僕は不安でいっぱいだったが、

後ろを向き暗羅様のお部屋から退室しようとすると

「マガツよ、お前は私の眷属だ。くれぐれも私に恥をかかせるような無様をさらすなよ」

ゲームが一区切りついたらしく、最後にこちらを向いてプレッシャーをかけてきた。



 暗羅様は僕を遥かに超える存在であるが、気が向かなければ依頼に手を貸してくれることはない。

そもそも力が大きすぎるし制御する気もないため、何が起こるかわからないため僕としても力を貸していただくつもりはない。

僕は暗羅様に頼られるような男になりたいのだ。



暗羅様の後はヒューミリエとスンスンだ。

ヒューミリエには今回得た半グレのアジトの情報を伝え、更に詳しい情報も探ってもらうつもりだ。

ルーティが事務所で寝泊まりすることに難色をしめすかと思われたが、

「うひっ、ルーティちゃんとっど同居。妄想が捗りますなあ」

思いのほかすんなり受け入れていた。

妄想で済んでいる内は僕は何も言うつもりはない。

どのみち僕以上の人見知りかつ人嫌いのこいつがルーティの前に姿を見せることはないだろうしね。。



スンスンは初めから心配していなかったが、

「いらっしゃい!ルーティちゃん、スンスンの所に来たからにはもう大丈夫!」

と根拠のない自信に溢れていた。

ルーティも妖がいることに驚きはしていたが、特に警戒したり嫌がる様子はなかった。

着の身着のまま事務所にきたため生活用品がなかったがヒューミリエがどこかから調達してきてくれていた。



1Fのドアを開けると

襲撃のあった昨夜からは立ち直ってきたらしく、ルーティとスンスンが部屋で戯れていた。

「どう?落ち着いた?」

と聞く。

「はい、スンスンさんがお相手をしてくれましたし、ヒューミリエさん?という方が色々と用意もしてくれて、直接会ってお礼を言いたいのですが」

「ああ…あの子は人見知りだから。」

「そういうことでしたか、では無理を言ってはいけませんね」

「代わりに僕が伝えておくから。」

「ありがとうございます。」



「それと暗羅所長にご挨拶の方は」

「…それも僕から言っておく。君一人で声をかけるとどうなるか分からないから」


「そうですか?」

小首を傾げて疑問に思っているようだったが、それ以上は食い下がってはこなかった。


「それで…その」

何だかもじもじしている。

「何か言いたいことがあるなら言ってみて、可能な限り力になるから」


「えーと、その、お風呂を…」

そうだった昨日はそんな余裕がなくなっていたのでそのまま寝てしまっていたが、風呂場の場所を教えていなかった。



「ごめん!僕の配慮がたりなかった。」

すぐに風呂場へと案内し僕は1Fへと戻る。

「マガツ~女の子はもっと気を付けてあげないと~」

スンスンから怒られてしまった。いやスンスンも気づいていなかったのに。

ルーティが出てくるのを待っていると何故か緊張してきた。

(出てきたらまず何て声をかけよう? お風呂は気持ちよかったかい?何かいやらしいな、 いや~良いにおいだね!いやこれセクハラだな)

意味のない悩みを数十分悶々と考えていると、


ガチャっ

ドアが開きルーティが入ってくる。


「あールー、ええっ」

ルーティはメイド服を着ていた。????

「どっどうしたのその服?」

声がうわずってしまった。

フリルがたくさんあしらわれたメイド服はこの事務所に非日常感が強く、ドキドキしてしまう。(いや一名、普段着がゴスロリの方もいた気もするが…)




「あの…ヒューミリエが用意してくださっていた物品の箱の中にこれが入っていたので…」

顔を赤らめ、スカートをつまんでもじもじしている。

とても愛らしく僕の眼には映った。

「ああ、そういうことね。わかった。ごめんねうちの仲間が」

まだ僕の方の動揺も収まっていなかったが納得はいった。

あいつのやりそうなことだ。今もカメラで僕らの様子をみて楽しんでいるに違いない。

これには関して僕はナイスだと思ってしまったため、僕も所詮は奴の同類なのだろう。




「いえいえ、少し照れてしまいますが、私もこういう服は可愛く思いますし、用意してくれた気持ちが嬉しいです。」

きっと邪な気持ちしかなかったと思う。

「そういってくれると僕も助かるよ。あいつもきっと君が喜ぶと思って用意したんだろうしね。」

だといいよね。




「この格好ですし、せっかくだから、マガツさんにコーヒーを入れさせてください。」

「そう?それじゃ頼もうかな。」




カップとポット、冷蔵庫のケーキを持ってきてくれた。

お嬢様であるから給仕などやったことはないと思うのだが、動きがとても様になっており入れてくれたコーヒーを飲むと普通のコーヒーがやたらおいしく感じられた。

コーヒーを淹れ終わり、リラックスしててゆっくり飲みながら会話をする。

「何だかお泊り会みたいで楽しいです!」

「まあ狭い事務所だけどリラックスして過ごしてね。厄介な同居人達もいるけどね…」

「もう厄介だなんて!皆さんいい人だし、とっても楽しい方ばかりですよ。マガツさん含めて!」

語尾に力を込めて本当に楽しそうに笑っている。



(実際にここで数週間生活した場合もそう言ってられるだろうか。)

内心はともかく、

「そう言ってもらえると嬉しいよ。何か不便があったら言ってね。」

「はい!ありがとうございます!」


「おーいっスンスン!ルーティがコーヒーとケーキも淹れてくれたこっちにおいでよ」

何だか気恥ずかしくなってきたためスンスンにも声をかける。

「スンスンさんも私たちと同じものが飲んだり、食べたりできるんですか?」

目を丸くして驚いていた。

「ああ、彼女は妖だしね。わりと雑食」


わーい、と駆け寄ってきたスンスンにケーキの皿とストロー付きのコーヒーを提供。

雑談をしながら3人で優雅なティータイムを過ごした。

僕の人生では珍しい穏やかで幸せなひと時だった。


「じゃあそろそろ今後の予定について話そうと思う」

顔を引き締め仕事の話へと入る。

「現状の確認だ。いよいよ、本格的に敵と争うことになった。」

「あの…マガツさんは怖い…とか思ったりしないのですか?先日、襲撃された時も落ち着いて対応されていましたし」

聞いていいのか悩んでいたのかおずおずとルーティが聞いてくる。

「恐怖はいつも感じてる、運と調子が良ければランクAの妖にも勝てるけど、悪ければ格闘技習ってる高校生にも負けるかもしれないしね」

肩をすくめる。

「ふふふ」

ジョークだと受け取ったらしく可愛らしく笑う。半ば本音だったのだが。


「今回は妖というより、半グレが相手だしね。」

「でも、マガツさんは自分の何倍も大きい怪物と戦って勝ってきたんですよね」

「まあね、ただ余裕で勝てたっと思ったことは一度もない。いつだって必死になった上での勝利、それに人間相手の方が僕は怖い。」

「それは……集団や知性があるからですか?」

「知性に関しては妖によるけどね、でもそこじゃない。悪意の有無だよ」

「悪意の有無?」

よくわからなかったらしく小首を傾げている。




「妖は人を殺す奴が多い。だから人も妖を駆除する。それはただの生存競争であって善悪はない。だけど人間は違う。悪意、欲、他者を害する愉悦、無関心から人を攻撃する。」


「僕はそういった奴らを嫌悪し軽蔑する。そしてその不快感から来る感情で戦ってしまう。そうなったら醜い悪意と悪意のぶつけ合いだ。」


「自分の負の感情に飲まれてしまったら世の中の何もかもが醜悪なものにしか見えなくなり、心まで怪物になってしまう。いや今も十分怪物かもね。僕の場合、比喩でなく過負荷解放の反動で正気を失い怪物になってしまうかもしれない。だからその時は」

真剣にルーティを見つめる。

「僕を」

「マガツさんを正気に戻してあげますね」

言葉を遮られてしまった。

「マガツさんは怪物なんかじゃありません。仮になったとしても私が助けます。無理だったとしても仲間を見捨てて自分だけ助かる選択は選べません。」

「いやそれは…」

「それが私の生き方です。」

力強く言い切られ絶句する。

「もっともマガツさんは私なんかよりずっと強いから、助けなんて必要ないかもですけどね」

テヘと舌を出す。


(強いのは僕じゃなくて君だろう。とてもじゃないがそんな真っすぐなセリフは言えそうにない。でも)

「はは、そうだね。脅してしまったようでゴメン。どうも悲観的でいけない。実際そこらのチンピラじゃ僕の敵ではないからね。何かあっても君は僕が守るさ」

彼女の信頼を裏切らないよう、不安になんてさせないよう精一杯、恰好つけようか。



「前回、敵の居場所が判明した。奴らのナワバリのにある今は倒産し、誰もいないはずの食肉工場の施設一体を根城に活動しているらしい」

「おそらく、奴らもこちらのことを探っているはずだ。場所が判明した以上、こちらからせめていきたい」

「だが、できる限りの情報は集めておきたい。今回アジトが判明したことでヒューミリエがさらに新しい情報をえられるはずだ」

「ヒューミリエに工場の間取り、誰が出入りしているか調べてもらい、どうこちらから攻め入るか動きを決めてから突入したい。」

「前回のクラブ調査は2人で動いたが、今回はヒューミリエとスンスンも参加する」

「……暗羅様は同行を許可したけど僕はやはりルーティが行くのは危険が多いし死ぬかもしれないと思う、それでも参加する覚悟はある?」


もうルーティの性格は分かってきているので答えは予想がつくが、聞いてしまった。

(僕が責任を感じたくないから本人に決定させたいのだろうか?)

自分の性格が嫌になる。


「行きます!覚悟はできています。死ぬ覚悟も…」

予想通りの回答を聞く。いやそこまで覚悟が決まっているとは思っていなかったが。

僕がいうのもアレだがこの子もまあまあ普通からはずれてるな。

とはいえだからこそ、

「それは心強い。でも四凶相談所が味方にいるからには心配いらないさ」

こう答え彼女を守る意思をこちらも決めた。





ヒューミリエの情報収集が終わり、敵のアジトへ攻め込む段取りが決まったのはこの日から2日後のことであった。

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