1章

1話

澗歴1764年

世界には妖が溢れている。(妖とは異形の容姿や能力を所有しておりその姿も能力も千差万別で物理現象に縛られない超常現象を起こす生物である。)

 いやまっとうに生きている善良な市民の方々は生涯に1度会うかどうかといった確率ではあるのだが、かつて想像上の産物と言われた妖はとにかく実在が確認されている。現在、各国には妖や妖を利用した犯罪に対応する機関が存在している。

 しかし、超常的な能力を持つ妖や妖を利用する人間に対して政府の対応は追いついていないことが現状がある。

その政府の隙間を埋めるために民間の警備会社、傭兵、何でも屋等グレーな職業が活躍するようになったのは当然の流れでもあった。




 そして物語は、東和国パガシティに居を構える四凶妖相談所から始まる。



相談所では相手を問わず護衛や討伐の荒事はもちろん行方不明者の捜索、生活相談等全般を請け負ったりしている。

大きな声では言えないが裏メニューで暗殺、窃盗、各種犯罪も請け負うこともある。

気弱な僕が何故、こんな危険で犯罪臭プンプンの仕事をすることになったかは深い理由があるのだが、思い出して楽しい記憶でないためまたの機会に語るとしよう。

2Fの自室にアラームが鳴り響く、

朝よ起きなさい、朝よ起きなさい、朝よ起きなさい、あさ

暗羅様のボイスを録音させて頂いた目覚まし時計で目を覚ます。


まだ重い頭を引きずりながら、決死の思いでベッドから抜け出し、

机にに置いてある目覚まし時計のボタンを押して止める。

ついでに横に置いてあったチョコの箱から個包装を取り出し、一つ口に含む。

(うーん、脳内にしみわたるなあ)

頭に糖分というガソリンが入り、少し頭が覚醒してきた。


そのまま体をふらつかせながら洗面台へと向かう。

鏡で暗い男と対面しながら歯を磨き終えた。

水の冷たさと磨いて口がすっきりしたことにより、大分、頭がはっきりしてくる。


「ふーー」


自分なりに気合いを入れて仕事場である1Fの事務所へ向かった。

小食なため朝食は冷蔵庫から魚肉ソーセージを2本だけ取り出して食べることにする。



そんな僕ことマガツはソーセージを齧りながら1Fの事務所で頭を悩ましていた。

「この世から何故、苦しみや悲しみが消えないのか、… 生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ。」

長々と語ってしまったが、僕の頭は難しいことが考えられるようにはできていない。

用は金欠だ。

当相談所はこのご時世、依頼がつきることはないし、報酬も高額なほうだ。

しかしこの現状だ。

言い訳になるが僕の懐事情が困窮しているのは僕のせいでない。

我が相談所所長にして我が主の暗羅様の金遣いが荒いからである。服は当然ブランド物しか着ない。(僕はセール品)食事は1級品の血液のみ。(僕の朝食はビスケット1枚)賭け事はほぼ毎日だ。(僕は無料ガチャしか引かない)

まあ色々言ってしまったが、僕を眷属として拾ってくれたご主人様には感謝しているし、好いてもいる。

リーン、リーン、リーン

ベルが鳴り、脳内にも主の声が響く、

「マガツ!!」

さっそくご主人様からのお呼びだ。


急いで5Fの暗羅様自室に向かう。

「どうかなさいましたか?暗羅様」

「遅いぞクズ、もっとさっさとこれんのか?誰がお前に餌と寝床を与えたと思うておる。」

暗羅様は今日は機嫌が悪いらしい。

「申し訳ございません。愚図な私をお許しください。」

「全く、不出来な部下を持つと苦労するの。それで冷蔵庫の中を見たのだが我への献上品の血液が少なくなっておるのだが」

痛い所をさっそくついてきた…

「はい、実は購入のための予算が」

「知らん、何とかしろ」

「もちろんです。本日依頼者が訪れる予約が入っており、報酬が十分入ります。」

「よおし!それでこそ我が愛しの眷属じゃ!お前を拾った私の慧眼はやはり素晴らしいの」


ご満悦顔の暗羅様。中々のクソ野郎で邪悪で自己中でナルシストで調子がいいご主人様だがこの笑顔を見ると全て許せてしまうのが不思議だ。

「頭を撫でてやろう!」

「ありがとうございます!」

まあそれはともかく暗羅様のご機嫌が戻り僕も一安心だ。

「我は今気分が良い、餌を一つやろうかの」

僕の餌、つまり注射器用の赤い液体の入ったシリンジを1本手渡される。(あるにこしたことはないけど使った後の反動が怖いんだよなあ…)

「それで依頼の内容とは?あ~~…やはり一々聞くのも面倒だ。良きに計らえ、もう下がってよいぞ」

「はい」

暗羅様は平常運転だ。


別に折檻から逃れようと嘘をついたわけではなく、本当に今日は依頼者が来ることとなっている。

請け負う依頼はフィクサー(依頼中間業者)から受けることはあるが、依頼者本人が直接当相談所へ持ち込んでくることもままある。

今回は後者のパターンだ。メールで簡単な内容は説明を受けて、実際に会うのが今日となっている。

依頼人とは顔を合わせることなく、ネット上のやり取りで完結することもあるが、今回の依頼人は直に来て詳しく話したいという。

(正直、こういう熱意のあるタイプの相手は苦手なんだよなあ…)

何とかやる気を出しつつ

2Fに戻り仕事の準備にとりかかるとしよう。


さて聞いている依頼情報の再確認だ。

つい先日、メールを使って依頼者から連絡があった。

妖に関わる犯罪者(妖犯者)から奪われた物品を取り返して欲しいといった内容だ。

まあこのご時世珍しい依頼でもない。提示された報酬も悪くない。

大体、妖犯者から狙われると言っても脅威度(リスク)C以上は大体が大手の警備会社か政府が行うので今回もEランク相当だろう。と期待したい…

Eランクなら何度か対処しているので捕縛にしろ殺害にしろ大した難易度ではないというのが僕の見解である。(脅威度は例外のEXを除けばAランクが頂点となっている。Aランクは災害級だがFランクは野生動物程度だ。あくまで社会に与える危険性の指標であり戦闘力だけで決まっているわけではないので、仕事をする上でのざっくりした目安にしかならないが)

等と強がっているが僕は貧弱な上、うっかりミスをしがちなので命がけの仕事前は毎度気が重くなる。

何だったら最低ランクFでも怖かったりする。

僕が言うのもアレだが、妖に関わっている連中は人の命を何とも思ってないからね。


(まだ、約束の時間まで間が空くな、銃弾の補充にでも行くか)

前回の蜘蛛型の妖との戦闘で銃弾を消費してしまっていた。いざという時に弾切れになってもも白くない。行きつけの武器屋に顔を出そうと思い立ち、事務所を出る。




外にでると日差しが強く昼に近くなっていた。

事務所の近くは人通りは少なかったが、武器屋のある大通りまで歩くとさすがに人が増えてきた。大通りの道沿いでは電気屋ののテレビからニュースが流れてくる。

「次のニュースです、〇日未明に△市内で新たな妖災地が発生しました。政府は~~~に依頼し対応を進め~~~」

特に普段と変わり映えのないニュースばかりみたいだ。


しかし、僕は生まれる前のためよく知らなかったが、昔は妖の存在そのものが信じられていなかったらしい。

100年前世界中で大規模な妖災が起きた。妖災とは現在、妖と呼ばれている(国によっては魔物や悪魔等とも呼ばれる)存在が各地で大量に発生し人を襲った事件のことだ。地域によっては土地そのものが異界になり、既存の物理法則が通じなくなり得体の知れない建物も突如湧き出たらしい。

それにより世界が妖の存在を世界が認知されることとなった。

妖は宇宙から来た、異世界から来た、未来から来た、過去から来たと様々な説が現在まで熱心に議論されているが未だ答えは出ていない。

ただ、大多数の人間にとって妖がどこから来たのかは興味はなく、どう対処しどう付き合うかといったことの方が重要だ。

さすがに50年前の妖災と同じ規模のものは起こっていない。だがそれ以来、小規模な妖災は各地で発生するようになっていた。更に妖災発生地域では動物や植物、大地に異常な特徴がでるようになっていた。付近では異形の容姿や特殊な能力を生まれ持った生物が誕生したり、植物は精製することで既存の薬品では考えられない効果がだせるようになっていた。

それに伴い、当然人間社会は混乱、妖災に関わる犯罪が発生するようになり治安は悪化する一方であった。

ただ、人間も逞しいもので妖災により生まれたそれら異常現象に対抗するために研究を進め、人類の限界を超えた超人を誕生させたり、既存の物理現象に捉われない武器類を開発することで現在の治安を取り戻したのだ。かつて不治の病とされたものも妖災地から採れる薬草で治るようにもなった。(代わりに得体のしれない病も増えたが)

と言っても僕のような職業が未だ必要とされていることから分かるようにで全て元通りとはなってない。災害発生率、犯罪発生率は高く、この国の年間行方不明者数も二十万人に近い。


つらつらと歴史に思いを馳せていると目的地に近づいて来た。

人通りも少なくなり、汚れた身なりで地面に座り込む人も見かけるようになっていた。

更に奥に進んだ突き当りに古びたアパートの一階を改装し汚れた看板を掲げた店が行きつけの武器屋だ。

中に入ると見慣れた老婆がこちらを一瞬気だるげに見た後、目線をそらす。

「いつもの銃弾の補充がしたい。4箱。」

指を四本立てる。

「あいよ」

老婆は後ろを向き棚から銃弾50発入りの箱を4つ渡してくる。

「これ代金」

お金を渡す。

「あいよ」

受け取った後は僕に興味を失ったのかテーブルの新聞に目を下ろしていた。

愛想というものは全くなく、必要な会話以外はしないこの武器屋が無口で人見知りな僕はとても重宝していた。

「じゃあ、また、足らなくなったら来るよ」

「………」

返事はもちろんなかった。素晴らしい。


他には特に用もなかったため事務所に戻ることにして来た道を引き返す。

昼になったからか昼食を食べに来た会社員や学生を街で見かけるようになっていた。

妖による事件が起きていても人々の生活は変わらない。交通事故と同じく自分に突然、不幸が降りかかってくるとは思わないからだろう。

それは人の強さだろうか、弱さだろうか。

飲食店で賑わう人を見ていたらお腹が鳴り僕も食べたくなる。

適当に目に入った飲食店で事務所の皆の分も含めて購入し帰宅することにしよう。

事務所の一階で食事を摂り終わり、ソファーでくつろぎながら依頼人との約束の時間まで待つ。

ピンポーン!

(おっともう時間か!)

「ようこそ!四凶相談事務所へ」

出来る限り愛想よく挨拶をするが、思わず見とれてしまった。

相談所のドアを開けるとそこには流れるような金髪に愁いを帯びた瞳、スタイルの良い体をした美少女が不安げに立っていた。

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