Episode17


 雄叫びと共にヤマトが魔王の胸元へ飛び込んでいく。


 向かって右側から放たれた一撃を魔王は長剣で受け止めると、ヤマトがすかさず剣を切り返して蓮撃を叩き込んでいく。


 俺との訓練の時よりもヤマトの剣は速くて鋭い。言った通り、相手の動きを追いながら剣も打ち込めている。


 ヤマトの奴、ここにきてまた成長しているな……と、少し離れた位置から我が弟子の戦いを見守っている剣聖こと俺。


 危なそうなら手を出そうと思っていたが、どうやらその必要はなさそうだな……。



「ぐうっ……! なかなかやるではないか!」


 ヤマトの蓮撃を何とか耐え凌ぐ魔王。


「まだまだぁあああっ!」


 だが、ヤマトがさらに猛攻をかける。


 少しずつだが魔王の方が押され始めている。


 見ている限りだと魔王はそれほど強くはなさそうだ。多分魔王の"中の人″は冒険者という訳ではなく一般人なのだろう。だとすると、逆にこれほど戦えているのが凄いと思う。


 普通はここまでヤマトとやり合うことはできない。あんなに重そうな鎧まで着ているのに。よく動けるなと思う。


 恐らく、魔王はスキルの代わりに魔道具を使っていた。


 魔道具で身体能力を上げることによって剣術の未熟さや動きの鈍さをある程度補っているのだろう。


 ただ、やはりそれだけではヤマトに勝つことは難しい。



「どうしたんだぞ魔王! そんな振り方じゃ当たらないんだぞ!」


「ク……ッ! ちょこざいなぁッ!!」


 余裕のヤマトに対して魔王が苦しげに剣を振るう。


 ヤマトの動きに翻弄されて、スタミナもどんどん削られているようだ。


 直に決着が付くだろう。



 ――まあとはいっても、だ。



 あくまでもこれはレクリエーションだ。


 お互いに真剣を持って戦ってはいるが、元から魔王の方はヤマトを傷付けるつもりはないだろうし、ヤマトの剣も魔王の鎧を貫くほどの威力はない。


 いずれにせよどちらも無傷のまま戦いは終わるはずだ、と俺は考えていた。


「魔王のくせにそんなもんなのか!」


「はあ……はあ……クソッ! よもやこれほどの力とは!」


 魔王が剣を下ろして地面に膝を付く。いよいよ限界を迎えたようだ。



 さて、そろそろ決着かな。



 そう思って、俺は二人の下へ歩み出そうとした。


 ところが――



「……成る程な。我も少々貴様等の力を見くびっていたようだ。こうなったら仕方あるまい。我が真の力を解放するとしよう……!」



 そう言って、魔王がおもむろに立ち上がる。


 中腰になり、拳を握って両手を突き出したかと思えば、気合いの入った声で唸り始めた。


 ――はあああああああああああああっ!!


 すると、広間の四方から魔王に向かって赤色の光が照射され始める。


 魔王の身体が赤い輝きに包まれた。


「な、なんだぞ!?」


 唐突な出来事にヤマトも驚いているようだ。


 この魔力の感じ……。


 急速に魔王の周りに魔力が集まっているのを感じる。これはもしかして……



「ずああああああああああああああっ!!」



 魔王が叫喚し、両腕を広げると白い煙が舞い上がる。


「うわぁっ!」


 ヤマトが顔を背けて、俺も反射的に腕で顔を覆っていた。


 煙が周囲に充満する中。


 低い声が、響き渡った。



「――やはり、いいものだな。圧倒的な力というものは」


 

 霧が晴れ、声の主を見る。


「変身した……?」


 魔王の姿が、変わっていた。


 さきほどの黒い鎧は真っ赤に染まり、肩や肘の部分が棘のように突き出している。鎧自体のサイズも一回り大きくなっているようだ。そして、全身に薄らと纏っているものは――魔力による強化を表す赤いオーラ。


 明らかなパワーアップ。魔王が変身して、真の姿を見せたということか。


 ……なんか、本当にゲームみたいだな。


「つ、つよそうだぞ……!」


 ヤマトも息を呑んでいた。流石に狼狽えているようで、冷や汗が頬を伝っている。


「さあ勇者ヤマトよ、第二ラウンドといこうではないか。クックッ……せいぜい足掻いてみせよ」


 魔王が構えを取り、


「か、かかってくるんだぞ!」


 ヤマトが声を震わせながらも応えた。


「いくぞッ!」


 魔王が一息にヤマトに接近すると、さっきとは比べ物にならない速さと力で剣を振るっていく。


 相変わらず剣技は未熟だが、それを凌駕する身体能力。


 推測するに、パワーアップの原因はこの空間の四隅に設置された魔道具だ。


 この空間自体に一種の魔法陣のようなものが施されていたのだろう。それはさながら、ダンジョンセンターの訓練場にあった結界のように。


 訓練場の場合は空間全体に強力な防御と回復を施していたが、これは魔王の力を高めるように作られている。


 もしも訓練場と同じぐらい強力な効果を持っているのなら……今の魔王はとんでもない強さになっているはずだ。


 実際、俺の目から見ても異常な強さのように見えた。

 

「ぐうぅぅ……!!」


 魔王の猛撃にヤマトも粘るが、勢いに押されて徐々に後退していく。


 力量差があり過ぎる、けれど……


 ……ま、まあこれはお遊びだし。魔王も本気で戦うこなんてことはない訳で……


 ましてやヤマトを傷付けるなんて、そんなことある訳がない……


 で、ですよね魔王タロースさん……?



「――――ハハハハハハハハハッッ!!!」



 狂気を孕んだ笑い声を上げながら魔王が剣を振るっていく。


「うわあああああああああっ!!」


 ヤマトが悲鳴を上げて仰け反る。


「勇者よ! 貴様との戦い楽しかったぞッ!」


 魔王が、まるでこれで終りだと言わんばかりに告げる。


 あ、あれ……? ま、魔王さん……?


 そしてヤマトの姿勢が完全に崩れたところへ――


「そこだァッ!」


「うわあっ!」


 魔王が渾身の一撃を放ち、ついにヤマトの剣が吹き飛ぶ。


「死ねえええええええええええええッ!!」


 そして、その隙を穿つ魔王の一撃。本気の殺気が込められている――



 ――マズイ。



 俺が咄嗟にヤマトの前に入り込む。


 ――ガキイィィィィィンッッ!!


 剣と剣がぶつかり合う激しい金属音。摩擦によって火花が飛び散った。


「あっぶなっ!」


「シ、シショー! 助けてくれたんだぞ!」


 何とか間に合った。


 背後からヤマトの声が聞こえる。


 ……おいマジかよ。ホントにヤマトの首が飛ぶところだったぞ!


「剣聖よ! ようやく貴様もる気になったかッ!」


 剣を押し込みながら魔王が言った。


「戦る気というか、やらざるを得ないというか……!」


 押される剣を食い止めながら俺が応える。


 まさか、本気で殺りにくるとは思わなかった。


 どういうつもりかは分からないが、しかし魔王の力は思った以上のものだった。俺もそれなりに本気を出さないとヤバいかも知れない。


「ヤマト、下がってろっ!」


 俺が指示を出すと、「わかったぞ!」と言ってヤマトが速やかに距離を取る。


 それを横目で確認した俺は剣を思い切り弾く。


 弾かれた魔王の剣の隙間を狙って横に剣を振るった。


「クッ……!」


 咄嗟に魔王が後ろに飛び退いて回避する。


 ――なるほど。


 やはり、俺の予想以上の強さかも知れない。


 魔気で30%ほど強化した一撃だったのだが普通に避けられてしまった。


 体制を立て直して魔王が言う。


「剣聖よ、貴様のその力、実に素晴らしい。一体どれほどの鍛錬を積んできたのか想像に難くはない。クックッ……これは楽しくなってきたな」


「はは……俺は全然楽しくないんですけどね」


 愉快そうに笑う魔王に、苦笑する俺。


 さっきの一撃といい、今の殺る気満々の佇まいといい、本当に何が目的なのか分からない。


 だが向こうも本気である以上、俺も気持ちを切り替えよう。


 ――魔王を倒す。


 ――いや、魔王を戦闘不能にする。


 魔王が着けているあの鎧だ。


 あの鎧が四方から注がれる魔力の受動体になっている。あの鎧さえ破壊すれば強化も無効化されて魔王は力を失うはずだ。


 時間をかけずに一気に仕掛ける。


 強化を70%まで引き上げよう。


 ヤバい、ちょっと緊張してきた……。


「いけシショー! 魔王をぶっとばすんだぞ!」


 広間の端からヤマトが言う。


 いつの間にか剣を持って、元気に振り回していた。


 緊張感がないな……。


 というか、この魔王はお前の……。


 ……いや、今はとにかく集中だ。


 剣を構え直して、魔力を全身に流し込んでいく。


「さあ、全力で楽しもうではないか!」


 魔王がそう言って、マントを翻しながら襲いかかってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

強くてニューゲーム能力者のオレは、今日もダンジョンに潜り続ける syo @fukuro1666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ