Episode16
「なんだ、ここ……?」
エレベーターから降りると、真っ白な空間が広がっていた。
辺りを見渡してみるが、本来あるべきはずの通路や部屋といったものは見当たらない。
白がどこまでも広がっていて壁や窓さえもない異質な空間。まるで此処だけ、世界と乖離しているみたいだ。
「あれ、いつもの部屋と違うんだぞ?」
隣のヤマトもきょろきょろと目を動かして、首を捻っている。
「おーい! とうちゃーーん!」
ヤマトが叫んでみるが、返事はない。
「おかしいんだぞ……」と呟きながら、俺の方に目を向ける。
「シショー、どういうことだぞ?」
「いや、俺に聞かれても……」
俺にも分かるはずがなかった。
というか、本当に訳が分からない。
フロアでも通路に来る訳でもなく、謎の異空間に迷い込んだのだ。
エレベーターでただ上がって来ただけなのに。
……もしかして、階数を間違えたのか?
現状考えられる原因としてはそれしかない。
少し考えてから、俺は一度エレベーターへと戻る。
現在の階数を確認するために、エレベーターの階数表示に目を向けた。
と、その時だった。
背後から、ヤマトの慌てた声が上がった。
「シショー! 空がなんか変だぞっ!?」
「空?」
……空って、ここはビルの中だぞ?
不審に思いながらも、一応振り返って上を見る。
「なんだあれ……」
確かに、変だった。
俺たちの頭上の斜め上、天井の一部が灰色に変色していた。
真っ白な画用紙に一滴の墨を落としたみたいに。
そして、その灰色の染みがどんどん広がっていく。
「どうなってるんだぞ!?」
ヤマトが叫ぶが、俺だって聞きたい。
そのまま灰色の染みは天井を染め上げ、次に下に向かって降りてくる――いや、灰色だけではない。他にも赤や青、黒や紫といった様々な色が空間に広がっていく。
「ヤマト、気を付けろ!」
続く異変に、俺は注意を飛ばす。
何か危険なことが起こるかも知れない。
身構えながらその光景を見ていると、そこでふと、俺はあることに気付いた。
――これは、部屋だ。
様々な色によって部屋が形作られている。
天井や壁に広がった灰色は石造りの壁だ。その他の色も物体に変化して、とある部屋が作り上げられているのだと気付いた。
誰かが絵の具を使って、描いているかのように。
やがて色の広がりが地面にまで達して収まると、出来上がったそれは――
「これは……城の部屋か?」
縦長に広く、石造りで出来た部屋だった。
天井まで伸びた石柱が左右に並び、壁には瀟洒なタペストリーとステンドグラス。
部屋は薄暗く、光源は壁にかけられた燭台の蒼い炎と、窓から時折り差し込む眩しい光。光はどうやら稲光のようだ。光った瞬間にゴロゴロと大きな音が鳴る。
「すごいぞ! おーさまの部屋みたいだぞ!」
ヤマトの言う通り、此処は玉座の間だ。
ファンタジーアニメや映画でよく見るあれである。ただ、玉座の間に感じるような神聖さはなく、どことなく不気味な感じがしているのだが。
それにしても、何故こんな――
そう考える前に、俺はその気配を察知していた。
部屋の奥の中央。
階段状に迫り上がった壇上の玉座に、黒い何かが座っている。
俺たち以外の何者かがそこにいた。
ヤマトも気付いたようで、誰だぞ! と声をかけると、それがゆっくりと立ち上がる。
そして壇上を降りると、"黒い影"がこちらに向かって歩いてきた。
張り詰める緊張の中、重く低い声が広間に響き渡る。
「クックッ……。よくぞ此処まで来た勇者達よ。我が城の配下や罠をものともせず勇敢に突き進む姿、実に見事であった。ひとまずはその心意気褒めて遣わそう」
まるで、どこぞの魔王のような台詞だった。
俺の頭に思い切り?マークが浮かんでいるが、構わずその人物は続ける。
「だがそれもここまでだ。いくら勇者と言えども数千年の時を経て真の強さを手に入れた我に勝つことはできまい。貴様達の命運もいよいよここまでだ。さあ、しかとその胸に刻む込むが良い。貴様達の最後にして最強の敵、この魔王タロースの名をなっ!」
大仰にそう言って、魔王タロースと名乗ったその人物は両腕を上げた。
同時に、燭台の炎と窓から差し込んだ雷光に晒されて、その人物の姿が明らかとなる。
全身を覆う黒いプレートアーマーに、赤いマント。兜からは左右に竜の角のようなものが生え、右手には黒い長剣が握られていた。
魔王――
と言われれば、確かに魔王の姿のように見える。
両腕を挙げたまま静止する魔王タロース。俺たちの反応を伺っているようだが、唖然とした俺の口からは言葉が出てこない。
だが、ヤマトの方は違ったようだ。
「でたな魔王タロース! 今日こそ決着をつけてやるんだぞ!」
ノリノリで拳を握りしめて、そんなことを言っている。
おいおい……と突っ込みたいが、とりあえず状況を見守ろう。
「ほう、なかなか言うでは無いか……。だが武器も持たずにこの我に勝てるとでも思っているのか?」
タロースが挙げていた両腕を下げて言った。
言われたヤマトがあっとした顔をする。
「し、しまったぞ! 武器は家においてきたんだぞ!」
ヤマトの言う通り、俺もヤマトも訓練用の木刀をヤマトの家に置いてきていた。
……だって、まさかこんな状況になるなんて思ってなかったし。
慌てふためくヤマトの姿を見て、魔王タロースがくつくつと喉を鳴らす。
「クックッ……。此処にきて武器を忘れるなどと、愚かなものだな。いや、だがせっかく此処まで来たのだ。無手の貴様達を倒しても詰まらん。最後に相応しい戦いをしようではないか。さあ受け取れ勇者ヤマト、そして剣聖ミクルよ!」
そう言って魔王タロースがぱちんっと指を鳴らすと、俺とヤマトの前にパッと剣が現れた。
全体に黄金の飾りが施されていて、白銀に剣身が閃く高そうな剣だ。
空中に浮いたその剣をヤマトが受け取り、いつの間にか剣聖になっていた俺も受け取る。
……うん、この剣、俺が今日買った八十万の剣より絶対高い。
「魔王! おれに武器をあたえたこと後でコウカイしても知らないんだぞ!」
「勇者よ、その熱意! 貴様の剣技の全てをこの魔王タロースにぶつけてみよ!」
ヤマトの挑発に、魔王タロースが両腕を開いて応える。
雷鳴と、この玉座の間の異様な雰囲気も相まって魔王らしさばりばりの演出だ。
なるほどな……此処はただの城ではなく魔王城だったという訳だ。そして俺たちはそんな魔王城に乗り込んできた勇者御一行、という設定。
何となく、この部屋の仕掛けも魔王の正体も察しが付いてきていた。
何が目的かは分からないが、何かしらの意図があるのだろう。だから今は黙っておく。俺もちょっと、楽しくなってきたし。
「いくぞ魔王!」
「こい、勇者たちよ!」
両者が叫び、再び雷鳴が轟く。
かくして俺たちと謎の魔王タロースとの戦いは始まるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます