Episode15
「ウソだろ……」
もう、今日何度目の驚きか分からない。
新宿の一等地、駅から伸びる大通りに面した巨大なビルを眺めながら俺は呟いた。
周りの建物と比べても段違いに大きい。ヤマトの家も城のように大きかったが、この大きさはもはや形容するものがなかった。
「相変わらずデッカいんだぞ!」
呆然とする俺の隣でヤマトが言う。
「ご主人様の方には既に連絡を入れてありますので。では、またお時間になりましたらお迎えに上がります」
背後から言ったのは、停められた車の窓から顔を出した夏方さんだ。
「あ……はい、よろしくお願いします!」
俺が振り返って言うと、夏方さんは一つ微笑んでから、車を発進させて通りの向こうに消えていった。
その姿を見送ってから、俺は再びビルを見る。
何度見ても、やはり大きさは変わらない。
新宿の雑踏と、車や信号機の騒めきが遠くに聞こえていた。
非日常すぎる現実の連続に、俺の感覚がどんどん麻痺していく気がする……。
「よし、入るぞー!」
ヤマトが無邪気に言って入口に向かう。
「はあ、仕方ない…」
しぶしぶと俺も後を付いていく。
ビルの一階には広いホールがあって、少し階段を上がった場所に入口があった。
ホールを見回しながら歩いていくと、入口の前まで来たところでピタリと俺の足が止まる。
この建物の会社名が目に入ったからだ。
「オオクニ……?」
入口の横に付けられている銘板には"オオクニ″と書かれていた。
「オオクニって、あのオオクニか?」
オオクニは戦闘系の魔道具を専門として開発を行っている企業だ。冒険者なら知っている者も多いだろう。
確か、日本の企業ランキングでもトップ100には入っていたはず。
日本有数の大企業で、もちろんこの企業単体でも十分凄いのだが……俺は嫌な予感がした。
「お、おい、ヤマト……お前の名前ってもしかして」
震える声で、ヤマトに訊ねる。
「ん? 急になんだぞ? おれの名前はやまとだぞ?」
ヤマトが答えるが、そうではない。
「……いや、名字を教えてくれ」
俺が聞きたいのは名字の方だ。
「名字はししべだぞ?」
「………………」
回答に俺は絶句してしまう。
ししべ――神々廻、と書いてししべ。
日本人なら知らない者はいない。
特徴的な名字からして頭に残りやすい名前だが、生きていれば嫌でも目にすることになる。
車、食品、不動産、銀行……様々な会社を持ち、戦後から日本経済を牽引してきた一大グループ。その創立者の名前が神々廻である。
魔道具開発会社オオクニはそんなシシべグループの企業の一つであり、今現在、最もシシべグループが力を注いでいる企業だ……とTVで見たのを覚えている。
……そしてヤマトの名前からすると、俺が今から会うのはそんな規格外のグループのトップになる訳で。
こんな……俺みたいな小市民がそんな人物に会ったらどうなってしまうのか。
想像することすら恐ろしく、全身から血の気が引いていく。
「……すまんヤマト、ちょっと急用思い出したから俺帰るわ」
俺は突然に用事を思い出し、帰ることにした。
くるりと反転して早足で歩きだそうとする。
「何言ってんだぞ! 早く行くぞー!」
だがしかし、ヤマトが俺の服を引っ張りながら、無理やり中に連れていこうとする。
「いやだああああああ! 俺は帰るんだあああああ!」
入口のドアの縁に掴まって俺が抵抗するが、それ以上の力でヤマトが引っ張る。
――こ、こいつ! なんつー力だよっ!?
とても子供とは思えない力に、ついに観念した俺はドアの縁を離した。
「くそったれええええええええっ!」
そのまま首根っこを持たれて、ずるずると引き摺られていく。
エントランスの受付まで行くと、上から声がかかった。
「あら、ヤマト君、お久しぶり。またお父さんに会いにきたの?」
少し高めの、若い女性の声だ。
床で力尽きている俺には見えないが、きっと綺麗な人なのだろう。
「そうだぞ! ちょっとお邪魔するんだぞ!」
「ふふ。あんまりお父さんのお仕事の邪魔をしないようにね」
「わかったぞ!」
軽いやりとりをした後、ヤマトが再び歩き出して奥のエレベーターホールの方に向かっていく。
そのままエレベーターに乗り込むと、ヤマトが言った。
「シショー! 49階を押すんだぞ!」
「……は? 49階?」
俺が立ち上がってエレベーターの行先階のボタンを見る。
B4階から49階までのボタンがずらりと並んでいた。言われるがままに一番上の49階のボタンを押す。
エレベーターの中には俺とヤマト以外には誰もいなかった。
正気を取り戻した俺がヤマトに問いかける。
「……なあヤマト、お前の父親ってどんな人なんだ?」
「ふわぁ〜あ……。父ちゃんはちょっと変わってるけど、なかなかいいやつだぞ」
欠伸をしながらヤマトが答えた。
なかなかいい奴って……自分の父親に向かって言う台詞かよ。
ヤマトらしい返答だが、適当すぎて人物像が掴めない。
本当に良い人ならいいけど、怖そうな人だったらどうしよう……。
果てしなく、緊張が募る。
ちょっと吐き気もしてきたが、どうにか堪えながらエレベーターに乗ること数十秒。
ゆっくりと扉が開かれると、そこには開放的な真っ白な空間が広がっていた。
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