Episode13


「はああああああああああっ!」


 哮りと共に迫ってきた斬撃を避ける。


「だりゃあああああああああっ!!」


 続く連撃も体を捻りながら躱していく。


「よっ、ほっ、ほいっ」


 紙一重で、しかし軽々と。


「おーい、そんな大振りじゃ当たらないぞ。もっとコンパクトに振らないと」


「くっそおおおおおおおおおおっ!!」


 俺が指摘すると、ヤマトが顔を上気させて我武者羅に剣を振り回した。


「おい、余計雑になってるぞ!」


「なんで当たらないんだぞっ!」


「自分の動きにしか集中してないからだ! もっと相手の動きを見ろ!」


「だあああああ! わけわかんねえぞおおおお!」


 一段と暴れる剣筋を避けながら、俺はやれやれと内心でため息をつく。


 ヤマトの奴、すぐに熱くなりすぎだ。


 ちょっと自分の思い通りにならないと、途端に冷静さを失って精彩を欠いてしまう。


 元の腕が良いだけに実に惜しい。


 自制心が身に付けば、ここからまた一気に成長するんだけどな。


「はい、そこまで」


 俺がストップの合図をかけると、ヤマトが木刀を投げ捨てて地面に倒れ込む。


「だあああああ! めちゃくちゃしんどいぞ!」


 ヤマトの顔には大量の汗が浮かび、肩で大きく息をしていた。


「体の動き自体は悪くないんだけどなあ」


 スピードもあってキレも良い。威力も十分にある。あとはやはりメンタルだ。


「まあ、少しずつやっていこう」


「くっそ〜……」


 ヤマトが大の字になりながら、悔しげに顔を歪める。


 一発も当たんなかったぞ……と、息を切らしながらぼやいていた。


 まあ、そりゃそうだろう。


 俺も魔力で身体能力を上げているので、当たらなくて当然だ。


 というか、強化してなかったら多分普通に当たってる。そのぐらいヤマトの剣の腕は上がっていた。


 すでに剣術だけでいえば、初級冒険者ぐらいの腕前はあるかも知れない。


「シショー強すぎるぞ……」


「まだまだこれからだ。とりあえず、二十分ぐらい休憩しよう」


 俺も地面に座り込み、置いてあったリュックを引き寄せた。
















「そういえば、シショーはどんなスキルを持ってるんだ?」


 休憩中に、ヤマトがおにぎりを頬張りながら訊ねてきた。


 訓練が長くなると思って、補給用に俺がコンビニで買っておいたものだ。


 隣で俺も頬張りながら答える。


「んー、まあ色々持ってるぞ」

 

「すごいスキルとかも持ってるのか?」


「凄いかは分からないけど、Sランクのスキルも持ってるな」


 黒の魔気使い、の内容は伏せて、ランクだけを伝えてみる。


 まあ、そのぐらいは言っても大丈夫だろう。


 相手は子供だし。


「Sランク!? すげー! さすがシショーだぞ!」


 俺がそう言うと、ヤマトがおにぎりの粒を吐き出しながらはしゃぎだした。


「おいっ、おにぎりが飛び出てるぞ! あと口の周りにも付いてる!」


 俺の注意にヤマトが慌てて口の周りを拭う。それでも取り切れてないが……まあ、いいか。


「じゃあダンジョンも色んなところに行ってるのか?」


 珍しく、ヤマトが突っ込んで聞いてくる。


 ちょっと意外だな。あんまりそういうの興味なさそうなんだが。


「色んなところではないな。基本は六町ダンジョンってところに潜ってる。……いや、潜ってたか。最近は新しく新宿ダンジョンに行き始めたところだ」


「新宿ダンジョンって一番むずかしいところって聞いたことあるぞ! シショーすごすぎるぞ!」


 ヤマトが声を弾ませて、目をきらきらと輝かせた。


 憧れの目を向けられて、なんだかくすぐったい気持ちになる。


「でも新宿ダンジョンはなかなか難しくてさ。今のところ攻略できそうにないんだよな」


「シショーの強さでも敵に勝てないのか?」


「いや、強さは問題ないんだけど荷物が持っていけなくてさ。ほら、ダンジョンの中で何泊もするってなると色々持っていかなきゃダメだろ?」


 俺が説明すると、ヤマトが不思議そうな顔をした。


 なんだ? 別におかしなことを言ったつもりはないんだが。


「荷物? 荷物なら指輪に入れていけばいいんじゃないか?」


「指輪……?」


 何を言ってるのか分からず、逆に俺が聞き返す。


「これだぞ」


 そう言って、ヤマトがポケットから取り出したのは指輪だった。


 手のひらに乗せて、俺に見せてくる。


 普通のシルバーの指輪のように見えるが、この指輪がなんなのだろうか。


 ――あ、いや、ちょっと待てよ。この指輪どこかで……。


 えーっと、どこで見たんだっけ……?


 確かあれは……そうだ! 足立ダンジョンセンターのモニターで見たんだ。


 最近開発されたという、物体を異空間に収納させる魔道具――。

 

「思い出した! って、なんでお前がそんなの持ってんだよ!?」


 あまりの驚きに、つい声が張り上がる。


 値段的に普通の子供が持っていられるようなものではない。


「なんでって、父ちゃんにもらったんだぞ」


 しかし、平然とヤマトは言った。


「父ちゃんにって……お前マジか」


 そんな簡単に貰えるものではないはずなんだけどな……。


 余裕で家が買えてしまう値段だ。それもプールとか庭園とかがついてる豪邸のやつ。


 もしかして、ヤマトの家ってめちゃくちゃ金持ちなのか?


 ヤマトを見る限り、いいとこの坊ちゃんとか、そんな雰囲気は全くないんだが。


「シショーも欲しいなら、父ちゃんにもらいにいくぞ!」


 考え込む俺の横でヤマトが何か言っていた。


「いやいや、貰えるわけないだろ」


 一体どれほどの価値だと思ってんだ。俺の命と引き換えにしても到底手に入れられるものではない。


「そういえば、シショーに一回家に来て欲しかったんだぞ! 丁度いいんだぞ!」


「いや、だから無理に決まってるっての」


 なにが丁度いいのやら。そんな乞食みたいなことをしに行くのはダメに決まってる。


 俺にだって、なけなし程度だがプライドはある。指輪を手に入れるにしても自分の力で何とかしたい。


「いいから行くぞー!」


 ヤマトが俺の服を引っ張って囃し立てる。


「だから、そんな理由で行くのは……」



 ……いや、でも待てよ。



 考えてみれば、確かに良い機会かも知れない。


 俺もそろそろ一度、ヤマトの家に顔を出さなくてはと思っていたところだ。


 ヤマトも剣を習っているのは、親に伝えているみたいだし。


 うーん、それじゃあまあ、指輪はともかくとして、挨拶にお邪魔してみるか。


「あー、じゃあ行くだけ行ってみよう」


「ほんとうか!? やったぞ! さっそく行くぞ!」


 言った途端、ヤマトが飛び跳ねて喜びだした。そのままおにぎりを口に詰め込んで向こうに駆け出していく。


「あ、おい! もう訓練はいいのか!」


「そんなのまた今度でいいんだぞ!」


「そんなのって、お前なあ……」


 ……まあ、いいか。とりあえず今日はここまでで。


 それにしても、ヤマトの家か。


 急に行くことになってしまったけど、一体どんな感じなんだろうな……。

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