Episode12
カズトシさんに付いて店の通路を歩いていくと、とある部屋に辿り着いた。
部屋は真っ白で置物などは何もなく、ただ正面の壁面に巨大な銀色の扉があった。
「……これは、金庫ですか?」
まるで銀行の金庫のように分厚い扉だ。扉の周囲には一切の隙間がなく、圧縮された鉄の重厚さを感じさせていた。
「まあ、そんなようなものだな」
カズトシさんがそう言って扉の前に立ち、巨大なリング状の取手に手をかける。
「開けていいか?」
「はい、どうぞ」
カウンターにいた女性の店員さん――俺たちと一緒に付いてきていた――に承諾をもらってカズトシさんが扉を引く。
扉のロックはあらかじめ解除されていたようで、徐々に開かれる隙間から部屋の内部が明らかとなる。
「凄い……」
思わず、息を呑み込んだ。
扉の向こうには見たこともないような武器が壁一面に飾られていた。
唖然として立ち竦む俺に、入ろうぜ、とカズトシさんが促しながら部屋の中に足を踏み入れる。
「うわっ、広い」
俺も中に入って周囲を見渡すと、予想以上に部屋は広かった。
テニスコート……は言い過ぎかも知れないが、そのぐらい縦にも横にも広い。天井も高く、俺が縦に二人並んでもまだ余裕がありそうだ。
壁に飾られている武器の他にも、複数置かれたショーケースの中に高そうな武器や道具が並んでいた。
「本来ならVIPしか入れないんだが、今回は特別だな」
「あ、ありがとうございます……」
カズトシさんの言葉に、俺は恐縮しながら感謝を告げる。
まさか、こんな場所に連れてきてくれるだなんて。
嬉しいのは嬉しいけど、ただ、どう考えても俺の来て良い場所じゃない気がするんですが……。
俺が素直にその気持ちを伝えると、カズトシさんは笑いながら、
「なに、安いものもあるから心配するな」
そう言って、部屋の中央奥に置かれたショーケースの方に歩いていく。
金の縁取りがされていて、この部屋の中で一番厳重に管理されているショーケースのように見えた。
ショーケースを見ながらカズトシさんが言った。
「この中にある武器は魔武器と呼ばれるものだ」
「魔武器……ですか? 聞いたことがあるようなないような……」
「魔力が込められた特別な効果を持つ武器ってことだよ。今はあまり世間に出回ってないが、これから広まっていくはずだ」
「なるほど……」
最初の魔道具がそうであったように、少しずつ上流家庭から一般家庭に広まっていくのだろう。
そういえば、冒険者ライフの記事でちらっと見た気がする。
特別な効果を持つ武器、か……。
一体どんな効果なんだろうな。もしかして、剣を振ったら炎が出てくるとか?
俺も近付いて、ショーケースの中を眺める。
縦に長いショーケースの中には、五本の武器が垂直に展示されていた。
左から斧、短剣、長剣、杖、槍の順だ。
どれも形状は普通だが、薄らと青色や赤色の色味が付いていた。
……なるほど確かに、通常の武器からは感じられない魔力を感じる。
「ちなみにこれって、いくらぐらいなんですか?」
武器を眺めながら俺が訊ねる。
「今なら少なくとも億はするだろうな」
「え、億!? そんなにするんですか!?」
高いとは思ったが、予想を遥かに超えていた。
「今はな。その内技術が普及すればあっという間に安くなるさ」
そういうものなのだろうか。にしても、高すぎる気がするが。
俺が改めて魔武器を見ていると、それより、とカズトシさんが続ける。
「今日の予算はいくらぐらいなんだ?」
「予算はえーっと……」
問いかけに、逡巡する。
正直、今日は二十万ぐらいの武器を買おうと思って来ていた。
だけど、こんな場所に来て予算二十万だなんて言えないよな……。
今の俺が出せるギリギリの値段を言った方がいいだろう。それでも、十分なのかどうか分からないけれど。
「ご、五十万ぐらいですかね」
俺が不安げに言うと、カズトシさんが驚いた顔をした。
「へえ、意外と持ってるんだな」
どうやらカズトシさんの想像より上の金額だったようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
「んじゃあの辺りだな」
カズトシさんの向かった先、部屋の右手側に行って壁に掛けられた武器に目を向ける。
どれも値段が書かれていないが、この辺りならば五十万で買える商品が並んでいるのだろう。
「武器はなにを使ってるんだ?」
「いつもはショートソードを使ってます」
「じゃあこれなんてどうだ?」
そう言って、カズトシさんが一つの武器を渡してきた。
鮮やかな銀色の剣身をした細身のショートソードだった。グリップ部分に革が貼られ、柄の部分に十字形の意匠が施されている。
パッと見はシンプルな感じで好きな剣の形だった。
カズトシさんから受け取って、剣を立てて細部を眺める。
剣先から柄頭まで金属のブレがなく、完璧なバランスを保っているように思えた。職人の手によって一寸の妥協もなく丁寧に作られているのだろう。
そして、見た目は重量感があるのに非常に軽い。グリップも手に吸い付くように馴染んでとても握りやすかった。
「ちょっと振ってみな」
カズトシさんに言われて、軽く距離を空けて何度か振ってみる。
――凄い……何だ、これ。
とにかく振りやすい。やはり重さのせいだろうか。自分の腕のように自由に振ることができる。前の剣では出来なかった動きもこの剣ならできそうだ。
「なかなか良いじゃないか」
俺が感動していると、カズトシさんも賛同してくれた。それから側にいた店員さんに訊ねる。
「これいくらだ?」
「そちらは定価で八十万円ですね」
「げ、八十万……」
提示された金額に呻き声が出た。
やっぱり高いよな。うーん、欲しいと思ったけど、流石に八十万はキツいか……。
俺が諦めて他の武器にしようと思った時、
「ちょっと高いな、半額にしてくれ」
「畏まりました、では四十万円でお売りいたします」
カズトシさんが値切りをすると、店員さんがあっさりと受け入れてしまった。
「えっ、そんな、半額って……大丈夫なんですか?」
ありえない値切りに俺が再度確認するが、店員さんはにこりと笑って言う。
「大丈夫です。カズトシ様のご意向ですので」
カズトシ様のご意向……?
え、カズトシさんってそんな力を持った人なの?
ってか、そういえばそうか。そもそもこんな場所にあんな堂々と来れる時点で只者のはずがない。
……一体、カズトシさんって何者なんだろう。
「どうせ全部買うんだから、このぐらいサービスってことよ」
考え込んでいる俺に、カズトシさんが言った。
さらりと言っているが、とんでもないことだよな……。
「んじゃ、それで決まりでいいか?」
「あ、はい、ありがとうございます。じゃあこれでお願いします」
何だか申し訳ない気もするが、これだけ良い武器であれば断ることはできない。
「ありがとうございます。では、ご案内いたしますのでこちらへ」
店員さんがそう言って、俺に部屋を出るようにと促す。
俺たち三人は部屋を出て、店の裏にあるVIP専用の接待室へと向かっていった。
∞
「ありがとうございました。このお礼はどこかで返します」
会計を済ませた俺は、店の入口で改めてお礼を告げた。
遠慮したのだが、見送るためと言ってカズトシさんと店員さんが店の入口まで見送ってくれていた。
嬉しいけど、本当にVIPみたいで恐縮してしまう。
「いいから気にするな、センターで会ったらよろしくな」
カズトシさんが笑って言う。
「ありがとうございました。また必要なものがあればご来店下さい」
その隣で店員さんが微笑みながら言った。
「はい、是非。それじゃあまた」
「じゃあな」
「またお待ちしてます」
俺は今買ったばかりの剣を背負って、二人に見送られながら店を後にした。
そして、帰りの駅へと向かう途中――。
……いやあ、でも本当に凄いよなあ。
気軽に行ったつもりだったのに、まさかカズトシさんと会うなんて。しかも店の裏側に連れてってくれて、あんなに良い武器を半額にしてもらえたんだ。
ちょっと信じられないような気持ちだ。
八十万の武器なんて、当然だけど今まで一度も使ったことがない。
前に使ってた剣が確か八万ぐらいだったから、丁度十倍なわけだ。
早く試してみたいなあ。
まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のようにワクワクしてしまう。
今からダンジョンに行ってみるか、と考えていると、ポケットからスマホの呼び出し音が鳴る。
取り出して着信相手の名前を確認すると、ヤマトと表示されていた。
「あ、そうだ、忘れてた」
そういえば、昼の二時からヤマトの訓練するんだった。
今の時刻は十二時半か……まだ家に帰って昼飯を食べる時間はありそうだ。
今日は気分もいいし、とことん付き合ってやろう。
俺は晴れやかな気持ちで、スマホの応答ボタンを押した。
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