Episode10


 会見室には独特の緊張と殺伐とがあった。


 新宿にある中央合同庁舎第11号館のダンジョン庁内にある一室。


 そう広くはない部屋の後方には複数のカメラが設置され、各メディアから集まった記者たちが室内前方の椅子に座って並んでいる。


 彼らは昨日の事件に関する情報を得るために参集していた。


 壇上に立ち記者からの質問に答えている人物は、ダンジョン庁の長官である羅臼跡和である。


 記者からまた、新たな質問が飛ぶ。


「新宿ダンジョンの野営エリアにファントムが現れた理由については、現状何も分かっていないということでしょうか?」


「その通りです」


 羅臼長官が簡潔に答え、次の質問が投げられる。


「ダンジョンの外にモンスターが出現したのは九年前のあの日以来初となります。何か大きな出来事の前触れだという意見もありますが、その辺りに関してはどうお考えでしょうか?」


「繰り返しますが、現在分かっているのは新宿ダンジョンの野営エリアにファントムが現れたということだけです。何故現れたのか、またこの一件に関連してこの先にどのような出来事が起こり得るのかは調査中であり、現時点で何も分かっていることはありません」


 先程から繰り返される同じような質問にいい加減嫌気が差してきたのか、羅臼長官の言葉の語気が強まる。


「スタンピードの発生や、別のモンスターがダンジョンの外に出現するという可能性はないのでしょうか?」


「分かりません、調査中です」


「どうして今回、日本の新宿ダンジョンでこのようなことが発生したのでしょうか?」


「だから、それも調査中だと言っているでしょう。一度解答したものは一度で理解してもらえると有難いんですがね」


 羅臼長官の挑発するような物言いに老齢の記者の表情が引き攣った。


 何かを言い返そうと口を動かしたが、別の記者の質問によって遮られる。


「ファントムを倒したのはペルセウスのメンバー葊泠藍ということですが、その前に一人の少年がファントムと戦っていたという話があります。その少年とは誰なのでしょうか?」


「その人物に関しては情報を伏せて欲しいということなので、私の口から答えることはできません」


「戦っていたのは同じくペルセウスのメンバー宮征優利なのでは?」


「だから、答えることはできないって言っているでしょう」


 記者からの質問に羅臼長官が顔を顰め、舌打ちをした。


 その態度に敏感に反応したのは、老齢の記者の一人だった。


「……なっ、舌打ちって! なんですかその態度は!?」


 その言葉に続いて、日頃の羅臼長官に対する鬱憤がたまっていたのだろうか、他の記者たちからも抗議の声が上がる。


「さっきから態度悪いですよ!」


「さっきからというか、ずっと態度悪いぞ!」


「長官なんだからしっかりと答えのが義務でしょうよ!」


「こっちだって仕事でやってんだよ!」


 しかし、そんな記者たちの抗議を聞いても羅臼長官の表情に自責の色はない。それどころか楽しそうに口元を歪めると声を弾ませて言い放った。


「あなたたちが馬鹿な質問ばっかりするからでしょう。一体どうやって生きてきたらそんな風に質問できるのか、逆にこちらが聞きたいぐらいですよ」


 煽るような台詞に、当然の如く記者たちからの反撃がやってくる。


「はあ!? なんて言い草ですか!」


「いい加減にしろ! 礼節ってものがあるだろう!」


「ちょっと冒険者たちから人気があるからって調子に乗るなクソ野郎!」



 会見は荒れていた。










 


「無茶苦茶だな……」


 テレビに映った記者会見の様子を見て、苦笑いが零れる。


 流石に酷すぎると思ったが、自分にもその責任が少しぐらいはあるような気がして何とも言えない気持ちになる。


 昨日の夜の出来事はニュースとして瞬く間に広まり、大きく世界を揺るがしていた。


 九年前の超大規模スタンピード以降、ダンジョンの外にモンスターが出現するのは世界的に見ても今回が初めてで、これから大きな災いが起こるのではと人々の間に不安が募っていた。


 俺も一応、昨日の夜の出来事に関しては守衛の人たちに全てを話したが、俺自身分かっているのはファントムが突然現れたことぐらいだった。


 ファントム出現の理由について守衛の人たちが様々な考察を挙げていたが、結局不明という結論に至り、特にこれといった進展はなく終わってしまった。


 だから、これから何が起こるのかは本当に誰も分からない状態というわけだ。


 ……ただ、俺も身元を伏せて欲しいと言ったが、まさか記者会見でそこを追求されるとは思わなかったな。


「悪いことしたわけじゃないのに、なんかちょっと後ろめたいような……」


 でもまあ、何はともかく犠牲者が出なくて本当に良かったと思う。


 結局、あの事件での死傷者はでなかった。


 ……いや、正確に言えば犠牲者は出ていた。けれどイオレさんが回復させたんだ。


 怪我人も、恐らく死者も出ていたはずなのに全員を無傷の状態に復活させた。


 一体どんなスキルを使ったのかは分からないが、感謝しなければならないと思う。


 もし犠牲者があの状態だったら、俺はリセットしてやり直していただろうから……。


 もし次にどこかで会うことがあったなら、改めて感謝を伝えよう。


 ……さて、これから数日の間、新宿ダンジョンが封鎖されるらしいから、今日はまた六町ダンジョンにでも潜ろうかな。


 それか良い機会だし、別のダンジョンを探そうか。


「……おっと、そうだ。その前にあれをしに行かないとな」


 そこで俺はある事を思い出し、自宅の荷物置き場の方に向かっていった。

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