Episode9
ふわりと彼女が降り立つと、清涼な風がエリアを吹き抜けた。
彼女の癖ひとつない長い紫色の髪と、全身を覆う紅蓮のロングケープが、風に揺れてひらりと舞う。
俺の前に立った彼女は、こちらを一瞥した後に荒廃したエリアを眺めると、その真っ赤な瞳を陰らせ、均整の取れた顔を微かに歪ませた。
酷い……と、呟く声が聞こえた。
そんな彼女の姿を見ながら、俺の記憶が蘇る。
彼女の姿には見覚えがあった。特にここ数日は、毎日のようにテレビを通して見ていた。
新宿ダンジョンを攻略したメンバーの一人として、大々的にメディアに取り上げられていたのだ。
彼女はペルセウスのメンバーの一人――
異変を察知して、助けにきてくれたのだろうか。
突然の登場ではあったが、不思議と俺に驚きはなかった。
一連の出来事による疲労で、そんなことを考える余裕さえなかったのかも知れない。
周囲を見渡す彼女に向けて俺が声を出す。
「あの、助けてくれてあり……」
「あなた、一人でファントムのバリアを割ったのね」
しかし振り向いた彼女の言葉が、俺の声を遮る。
「……あ、はい、一応」
「ふーん、なかなかやるじゃない」
萎縮気味に俺が応えると、彼女の紅瞳が真っ直ぐに俺に向けられる。
そのままじーっと俺を見た後、ふっと視線を逸らすと再び野営エリアに目を向けた。
何もかもが破壊され、冒険者たちが倒れている野営エリアを見て、彼女は何かを考えているように見えた。
「……まあ、仕方ないわね」
そして、ぽつりとそう言ったかと思うと改めて俺に向き直る。
まるで、遠い誰かに話しかけているかのような声だった。
「あなた、しっかり支えてね」
「え……?」
意味を訊ねる暇もなかった。
彼女はそう言って目を瞑り、少し集中するような素振りを見せた後、その体がゆっくりと前のめりに倒れ込む。
「うおっと!」
慌てて地面に倒れないように両手で支える。
「え、ちょっと……!?」
訳が分からず、声をかけるが返事はなかった。
そのまま彼女はもたれかかり、少しずつ体の力が抜けるように重みが増していく。
ついには腕だけでは支え切れず、体全体で抱え込むような形になっていた。
頭一つ分小さく、華奢な彼女の体と密着して、自分でも顔が赤くなっているのが分かった。
こんなに女性と密着するのは初めてで、戸惑いの中に変な嬉しさもあって複雑な気持ちになる。
「い、イオレさん……?」
もう一度呼びかけてみるが、やはり返事はない。
そうして、困惑したまま抱きしめていることしばらく。
俺は、ある変化に気付いた。
あれ、なんか……体が冷めていっているような……?
僅かにだが、イオレさんの体が冷たくなっているように感じた。
さっきまで微かに感じていた彼女の鼓動も、今はもう感じられない気がして……。
――いや、ちょっと待て……この人、もしかして……。
俺の脳内に最悪の予想がよぎった瞬間。
眩しい光が、エリア全体を包み込んだ。
神聖さを表す真っ白な光、温もりをもった淡い光が地面から浮かび上がり、緩やかに天へと昇っていく。
その光を浴びて、俺の体に変化が起きる。
なんだこの光……なんか、魔力が回復していくような……。
さっきの戦いで消費した魔力が一気に回復していくように感じた。それと同時に、体の疲れが取れていくような心地良さもあった。
その心地良さに身を委ねていると、周囲から声が聞こえてきた。
「あれ……何が起きたんだ……」
「傷が一瞬で……」
「おい、お前ら無事か……!」
倒れていた冒険者たちの声だ。
みな傷付いていたはずなのに、全員がすっかり回復して立ち上がっていた。
その光景を見て驚く俺だったが、今度は目の前でさらに眩しい光を感じて目を瞑る。
彼女が――イオレさんが白い光に包まれていた。
照明弾のような強烈な光に思わず手で目を覆いたくなるが、しかし彼女を放り出すなんてことは出来ず。
そのまま抱き込んだまま耐えていると、ようやく光が収まった。
そして、彼女の体がぴくりと動く。
目を覚ました彼女がゆっくりと俺から離れた。
「ありがとう……」
眠たそうな目をした彼女が小さく告げる。
「い、いえ……」
言葉が喉に突っかかっていた。まだ顔の赤みは消えていない、と思う。
「やってみると意外と大したことないのね……」
彼女がそう言って、視線を宙に投げる。
言葉の意味も……今の現象も何が起きたのか分からなかったが、思い詰めたような彼女の表情に問いかけることもできない。
「あれって、葊泠藍か……?」
「すげえ……六恢の魔女だ……」
「……そうか、彼女がファントムを倒してくれたんだな」
起き上がった冒険者たちが彼女がいることに気付いたようだ。口々に驚きや称賛の声を上げ始めた。
「じゃあ、後はよろしくね」
そんな冒険者たちを見た彼女がさらりと言った。
「え……あ、ちょっと!」
慌てて呼び止めるが、しかしそんな言葉に構うことなく彼女のスキルが発動する。
それは、前にも一度見たことがあるスキルだった。
彼女の体が眩い光を放ったかと思ったら、次の瞬間には綺麗さっぱり姿を消していた。
「ワープ……」
一人呟き、取り残された俺の元へ周りの視線が集まる。
いつの間にか、ぐるりと俺を囲むように人々が集まっていた。
咄嗟に逃げ道を探そうとするが、そんなものはどこにもなく。
……あれ、もしかして……これって凄く面倒くさいことになるやつなんじゃ……?
今のイオレさんとのやり取りを見られて、何も知らないというのは無理があるだろうし……。
はあ、まあ仕方ないか。
心中で諦観していると、群衆をかき分けるように守衛の人たちがこちらに向かってやってきた。
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