Episode8
一瞬の出来事だった。
注意を促す時間も、止める力も俺にはなかった。
何もかもが破壊されていた。
セキュリティゲートは崩れ、テントや篝火は吹き飛び、野営エリアが一瞬で全壊してしまった。
凄まじい威力だった。まるで砲撃でも受けたかのように……。
今の衝撃で野営エリアの端まで飛ばされた俺は、霞んだ視界で辺りを見渡す。
焦土と化した野営エリアの中央に相変わらず奴がいて、吹き飛ばされた冒険者たちは散り散りになって地面に倒れ伏している。
どのぐらいの冒険者が今の攻撃に耐えられたのかは分からない。だが、今立っているのは俺だけだ。
揺れる意識の中……まず浮かんできたのは、ぼんやりとした感想だった。
目の前の敵の情報は一般に公開されていた。
唯一その階層まで辿り着いたパーティ、ペルセウスからの報告によって。
だからこそ、改めてその凄さを感じる。
……こんなのと彼らは戦っていたんだな。
と、そう思ってしまう。
目の前にいる敵の名前はファントム。
新宿ダンジョン二十九階層のボスモンスターだ。
何故ファントムが此処にいるのかとか、どうやってダンジョンから出てきたのかとか、そんなことは今の俺にはどうでも良かった。
これほどの犠牲が出てしまった今、もはや疑問など必要ない。
今の俺の心にあったのは、止められなかったという虚しさ……そして、せめて目の前の敵に一矢報いたいという思いだけだ。
乾いた空気に、血の匂いが混じっている。
どこからか、呻き声のようなものも聞こえてきた。
今の一撃を耐えた人がいたのだろう。
彼らを救うためにもまず、目の前の敵を倒さなければならない。
俺は目を瞑って、意識を自分の身体に集中させる。
「今までの俺では無理だ。だから……」
全身を魔気によって極限まで強化する。強化率100%まで引き上げた状態にもっていけば、あるいは奴に対抗できるかも知れない。
魔力を著しく消費するだろうから、強化状態は一分……いや、三十秒持てばいい方か……。
体内に巡る魔力の出力を上げていくと、俺の体から湯気のように黒い霧が立ち昇る。
その内にファントムも異常な魔力に気付いたのだろう。こちらに目を向けて、金切り声のようなものを上げた。
――ギィイヤァアアアアアッ!!
そして、ファントムが両腕を広げて体から幾つもの光の球を放つ。
光球はそれぞれ紫色の輝きを放ち、雷のようにばちばちと爆ぜていた。
その光球の群れが、俺に向かって飛んできた。
同時に、俺の魔力強化が100%に到達する。
「これが100%の状態……凄い力だ……」
圧倒的な全能感に包まれる。
これなら負ける気がしない。そう思えるほどの力だ。
だが、やはり魔力の消費も激しい。超回復で微量に回復しているのは感じるが、それではとても追いつかないほどの消費量だった。
三十秒……それで倒せなければ負ける。
「さあ、試してみよう……」
大地を蹴って空気の壁を感じながら、音速にも近い速度でファントムに向かう。
迫り来る光球を避けていくと、的を外した光球は荒々しい音を立てて大地をえぐりながら消滅していった。
――見える、余裕で躱せる。
光球の威力は高いが、スピード自体は遅い。
そのまま一気にファントムに接近して剣を叩き込む。
――ガキィィイインッ!
剣が、弾かれる。
限界まで強化した一撃であっても、強固な魔法障壁に攻撃が阻まれた。
だが、魔法障壁にひびが入っている。
いくら魔法で作り出した壁といえども、耐久値に限界はあるのだ。
このまま攻撃を続けていけばいずれは割れる。
俺は剣を握る力をさらに強め、魔法障壁に向かって何度も剣を叩き込む。
ファントムが腕を振ったり、掌からレーザーのようなものを出して反撃してくるが当たらなければどうということはない。
――いける、間違いなく。このまま攻撃を続けていけば。
「うぉおおおおおおおおおおおおおっ!」
雄叫びを上げ、剣を振る度に魔法障壁の亀裂が増していく。
――ギィィアアアアアアアッ!!
その亀裂を見たファントムが、今度は体を輝かせて電撃の衝撃波を放った。
俺は咄嗟に後ろに飛んで回避すると、広範囲に広がった電撃の波が眼前すれすれで止まる。
――あっぶねえっ!
回避後、すぐに体勢を整えてファントムに接近する。
そして、そのまま何十手目かの斬撃の末――
バリンッ! という硝子が砕けるような音を立てて魔法障壁が弾けた。
その瞬間を――見逃すはずがない。
俺は生身のファントムに向けて、横一閃に剣を振り抜く。
「そこだぁぁああああああああああああ!!」
全力で放った俺の一撃がファントムを貫く。
全身全霊を込めた渾身の一撃、俺の攻撃がファントムの体を切り裂いて――
その体が――
斬り裂いた斬撃に手応えはなく、ファントムの千切れたはずの体はすぐに元の形へと戻った。
――霧化……できたのか……!
そう理解したのと同時、ファントムの掌が俺の顔に向けられていることに気付いた。
掌に高密度の魔力が集まり、紫の稲妻が閃いていた。
――やられた。
回避は、間に合わない。
直撃すれば、魔力が切れて倒れる。
ファントムの虚ろな顔が俺を見つめていた。
その目元が、にやりと歪む。
お前の負けだ。
そう言っている気がした。
ファントムの手が輝き、強力な魔力の塊が放たれて俺は死ぬ――と思った。
――だが、その時。
空気を切り裂く激しい音と共に、白い稲妻がファントムを貫いた。
――ギィヤァアァアアァアアアッ!!
悲鳴を上げてファントムの動きが止まる。
その衝撃で俺も傍らに吹き飛び、地面に倒れ込んだ。
反射的に魔力強化が解除される。
――なんだ今の……白い稲妻……?
放たれた先――上空に目を向ける。
「人が、浮いている……」
ファントムの真上、およそ100m先に人影が見えた。
そして、その人影の辺りから膨大な量の魔力が集束しているのを感じた。
またすぐに──次の魔法がくる。
あの魔力量からして威力は恐らく、さっきのファントムの一撃と同等か、あるいはそれ以上のものだ。
あれを食らったらヤバい。
本能が告げる。
そして、その時だった。
声が、聞こえた気がした。
咄嗟に俺は立ち上がって、中央から距離を取る。
直感で、従うべきだと思った。
ファントムの方を見れば、今の白い稲妻が体に纏わり付き、身動きが取れないでいるようだった。
恐らく、麻痺か拘束の効果が付与されていたのだろう。
もがき苦しむファントムを、離れた位置で見つめる中、
――それは降り注ぐ。
恐ろしいほどの魔力が込められた巨大な白い稲妻が、ファントムを呑み込んだ。
一瞬、目が焼けるほどの激しい光に包まれた後、衝撃で大地は揺れ、辺りに粉塵が舞い上がる。
塵に咳き込みながら、粉塵の晴れた後の中央に目を見やれば――そこには直径10mほどの大穴が空いていた。
ファントムの姿は……跡形もなく消えている。
「嘘だろ……」
あまりの光景に、思わず呟きが漏れる。
呆然と立ち尽くす他になかった。
そんな俺の元へ、声が届く。
「バリアさえなければ、あっけないものね」
上空を仰ぎ見れば、
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