Episode6


「は……?」


 なにが……起きた……?


「家、だよな……」


 ゆっくりと周りを見渡す。


 間違いなく自分の家だ。


 野営エリアから、突然シーンが切り替わったかのように。


 俺は自分の家のリビングに立っていた。


「どうなってるんだ……」


 スマホを取って時間を確認する。



 『4/18 7:00 木曜日』



「戻っている……」


 リセットが起きたということか……。


 野営エリアで死んで、俺は今日の朝に戻ってきたんだ。


 ひとまず状況が理解できた途端、張り詰めていた空気が緩んでいく。


 流石に二度目ともなれば慌てふためくこともなかった。


「大丈夫だ……落ち着いて整理していこう」


 前回と同じようにソファに座って、最後の記憶を思い起こしていく。


 確か……仮設テントで着替えていたら急に外がざわつき始めたんだ。それで、急いで外に出ようとした。でもその時に叫び声が聞こえて……同時に凄まじい衝撃がやってきた。


 ということは、その衝撃で俺は死んだということなのか?


 でも、衝撃を受けただけならすぐに霧化して復活できるんじゃ……あ、いや、そうか。


 魔力が空っぽで霧化できなかったんだ。生身のまま衝撃をくらってしまった。


 ……なるほど、リセットの経緯は何となく分かった。


「でも、どういうことだ……」


 経緯は分かったけど理由が謎だ。


 何故あの場所であんな衝撃が?


 別に、衝撃を起こすような危険なものは何もなかったはずだ。


 ……そういえば、直前に誰かが敵だとか叫んでいたけれど。


 敵ってなんだ?


 一体、新宿ダンジョンの野営エリアにどんな敵が現れるというのか。


 どれほど凶悪なテロリストでも、あそこにいる冒険者たちに喧嘩を売るなんてことはしないだろう。


 ……分からない。


 敵というのが何を示しているのか、あの衝撃が何だったのか。


 だが、いずれにしても確かめなければならない。

 今日の夜、また同じことが起こるのかどうか。

 もし起こるのであれば、俺のような犠牲者が出るかも知れない。


 見てしまった以上、黙って見過ごすことはできない。


 時刻は零時前だったはずだ。


 その時間にもう一度、新宿ダンジョンに行ってみよう。


 ……ただその前に一つだけ、ダンジョンセンターに行って確認しておくことがある。


 












「増えている……」


 スキルチェッカーに表示された文字列を見た俺は息を呑んだ。



『柊 未来 さんのスキル情報1


 スキル名   ニューゲーム

 スキルランク F

 スキル内容  自身の生命が寿命以外で尽きた時、同日の午前7時に復活する


 柊 未来 さんのスキル情報2


 スキル名   スキル吸収

 スキルランク F

 スキル内容  自身の命を奪った者のスキルを一つ獲得する


 柊 未来 さんのスキル情報3


 スキル名   黒の魔気使い

 スキルランク S

 スキル内容  黒い魔気を自在に操る


 柊 未来 さんのスキル情報4


 スキル名   超回復

 スキルランク A

 スキル内容  常時、生命力と魔力が回復する』



「Aランクの超回復……」


 俺の所持スキルの中に、新たなスキル――超回復が増えている。


 説明文にある常時回復というのがどの程度回復するのかは分からないが、かなり有用なスキルであるのは間違いない。


 そして、俺がこのスキルを持っているということは――


「やっぱり俺は、誰かに殺されたんだ……」


 これで、はっきりと分かった。


 どこの誰だかは分からないが、冒険者に危害を加えようとしている敵がいる。


 そいつは今日の夜、新宿ダンジョンの野営エリアに現れる。


 このレベルのスキルを所持している以上は素人ではないし、かなりの手練である可能性が高い。


 あるいは単独ではなく、何十人というチームを組んで襲撃に来るのかも知れない。


 まあでも、どんな敵であろうと関係ない。


 一度殺されている以上、失うものは何もないのだから。


 今日の夜、俺はその敵を迎え入れる。
















 ――新宿ダンジョン 野営エリア



「いやあ、今日の成果も上々だったな」


「久しぶりの十四階層は緊張しっぱなしだったけどな」


「はは、間違いねえ。この調子でどんどん稼いでいこうぜ」


「ああ、そうだな」



 冒険者たちの話し声が聞こえる。



 今日のダンジョン攻略を終えたパーティのメンバーは皆、リラックスしたような表情を浮かべていた。


 普段の俺ならそんな光景を微笑ましく思っていたのだろうが、今はそんな余裕はなかった。


 俺は野営エリアの端にあるベンチに座ってエリア全体を眺めている。


 装備を付けて、いつ何が起きてもいいようにと神経を尖らせていた。


 これから起こるであろう惨劇は俺しか知らないのだ。


 だから俺が一番にそれを発見して、食い止めなければならないと思う。


 勝手な責任感だが、誰一人として犠牲者は出したくない。


 一応、セキュリティゲートにいる守衛の人たちにも話を伝えたが、真剣に聞いてもらうことはできなかった。


 まあ、それは当然だと思う。


 何かよく分からないけど敵が来るかも知れない、と言ったところで相手にされるわけがない。


 ……というか、もしかしたらこのまま何も起きないという可能性もある。


 何かの因果が変化して、別の未来になったという可能性もなくはない。


 そうなったらなったで、俺がとんでもない嘘つき野郎になるのでちょっと困るのだけれど。


 ……ただ、それでも俺はどこかで確信していた。


 それは必ず起きるのだと。


 改めて時刻を確認する。


 ――23:57


 日付が変わるまで残り三分。


 突然に、空気が変わった気がした。


 それまで吹いていた風がぴたりと止まり、周囲の闇が濃くなったような感覚。


 異常な魔力の高まりを感じる。


 野営エリアの中央──そこに得体の知れない何かがある。


 そして、異変は始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る