Episode5


「……うーん、やっぱり厳しいか」


 八階層のボス部屋まで来たところで、俺は床に座って時間とマップを確認していた。


 朝の五時に出発して、現在の時刻は午後一時を回っている。


「八時間かけてここまでってことは、三十階層までだと一週間以上はかかるよなあ」


 口に出しながら、改めて感じる壁の大きさに落胆してしまう。


 出来れば次に攻略するダンジョンはここ、新宿ダンジョンにしたかった。


 だから今回、そのための視察に来たのだが……やはり思っていた通り、大きな問題が立ちはだかっている。


 俺の計画としては、中階層でそれなりに力を付けてから少しずつ三十階層に向けて進んでいくつもりだった。


 ……まあ、力を付けたところで三十階層まで辿り着けるのかという疑問はあるが、今の俺の実力で中途半端に他のダンジョンに潜るよりは、最高峰のダンジョンで腕を磨くのが一番効率的だと思ったのだ。


 具体的には十五階層〜二十階層ぐらいの敵と戦いながら、一年ぐらいで三十階層に到達するイメージを持っていた。


 しかしその計画も、スタートを切らずして頓挫しそうになっている。

 

 敵の強さ的には問題ないが、荷物的な問題が解消できそうにない。


 例えば十五階層まで行くのに三日、帰るのに三日かかるとして、最低でも六日分の食料を持っていかなければならない。


 その他にも休憩用のテントだったり、着替えだったり、非常時の装備なんかも必要となる。


 荷物量は膨大なものとなり、とても俺一人では持ち運ぶことはできない量だ。


 パーティを組むか、ルーパーと呼ばれる荷物持ちを雇えば問題は解決するが……出来れば自由気ままにソロでやっていきたい気持ちが強い。


「ってなると……この辺りか、もう少し下で戦っていくしかないのかなあ」


 荷物的に三泊が限界だとして、行けるのは恐らく十二、三階層ぐらいまでだろう。


 実際戦ってみないと分からないが、今の俺のレベルだとその辺の敵はまだ物足りない気がする。


 もっと下に行けるような……何か、良い方法があれば良いのだけれど。


 ……と、まあ今考えたところで答えは見付かりそうにないし。


 今回の結果を考慮して、帰ってからまた考えよう。


 俺はしばらく休憩してから、今来た道を戻っていった。



    ∞



 入口まで着いた頃には身体も疲れ切って、魔力もほとんど空っぽになっていた。


 余裕を持って帰ってきたはずが、気付けば十一時半を過ぎていたのでかなり焦ったが、どうやら間に合ったようだ。


「ぎりぎりだな、お疲れさま」


「お疲れさまです、なんとか間に合いました」


 ゲートを抜ける時に守衛の人――朝のお兄さんではなかった――と挨拶を交わしながら、野営エリアへと向かう。


 相変わらず熱気は続いていたが、それでも朝に比べれば大分落ち着いている感じだ。


 魔力の欠乏による目眩や息切れを感じながら、疲労した身体を引きずるように仮設テントに向かった。


 テントに入る時にそーっとシートを開けて中を確認してみる。


 誰もいないようで、ちょっとホッとする。


 時々もの凄く怖そうな人がいると、なるべく気配を消しながら入るのだが、今回は堂々と使えそうだ。


 装備を外して傷みの度合いを確認しながら着替えていく。


 一年前に買ったレザー装備はもうかなり傷んでいて、剣もところどころに刃こぼれが起きていた。


 毎日のように使っていて愛着はあるが、もうそろそろ寿命かも知れないな。


 お金もある程度稼げるようになったし、もう少し良い物に買い換えようか……なんて考えていると、テントの外――野営エリアの中央の方から慌ただしい気配が漂ってきた。


 ――なんだ?


 人々が異様にざわついている。


 この間のペルセウスのように、有名なパーティが帰還したのだろうか。


 見にいきたいが、着替えが終わるまでは出ることはできない。


 その内に、本格的に騒ぎが大きくなり始める。


「……お、おいっ! あれって!」


「嘘、だろ……」


「みんな気を付けろっ!」


 切羽詰まったような声が聞こえる。


 冒険者たちがここまで慌てるということは余程のことなのだろう。


 流石に俺も、ただ事ではないことを察知して着替えを急ぐ。


 その間にも、誰かの叫ぶ声が聞こえていた。


「あれってまさか……!」


「なあ、おいっ! どうなってんだよっ!!」


「て、敵だぁああああああああ!!」



 ――敵?



 敵ってどういうことだ? 一体外で何が起きている?


 緊迫した空気の中、ようやく着替え終えた俺は念のために右手に剣を握りしめる。


 そして、仮設テントを出ようとした瞬間――



「全員伏せろぉぉおおおおおおっ!!」



 絶叫が響き渡ると同時、


 俺の体は衝撃で吹き飛び、意識が消失した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る