Episode3


「大体話は聞いたけど、本当に困ったものだね」


 目の前に座る、眼鏡をかけた三十代ぐらいの男性が厳しい口調で言った。


「すみません……」


「め、面目ねえ……」


 揃って頭を下げたのは、俺とスキンヘッドの男性だ。


「エナジーの数値があんまり低いんで、ついカッとなってやっちまったんだ……」


「俺も頭に血が上ってつい喧嘩を売るようなことを……」


 二人で言い訳をすると、眼鏡をかけた男性が呆れたように息をついた。


 あの騒ぎの後、スキンヘッドの男性はすぐに起き上がり、センターの魔道具で回復してから俺と一緒に奥の事務所に連れてこられていた。


 目の前にいる人は、このセンターの責任者だと名乗っていたので、恐らくはセンター長に当たる人なのだろう。


 部屋は小さな応接室のような場所で、俺とスキンヘッドの男性が並んでソファに座り、机の向こう側のソファにセンター長が座っていた。


 センター長の真剣な眼差しが、スキンヘッドの男性へと向けられる。


「後藤さん、あなた以前も同じような件で受付にクレームを入れてましたよね?」


 その言葉に、男性の肩がビクッと震えた。


 ……おま、二回目かよっ!


 思わず心の中で突っ込むが、とても口に出せるような空気ではないので黙っておく。


 男性がすぐに頭を下げて謝罪の言葉を述べた。


「あ、あん時は俺が勘違いしてて! いや、今回もだが、と、とにかく俺が悪かった! どうか許してくれ!」


 机に着きそうなほど頭を下げる様子を見て、センター長が再び何かを言いかけたが、少し考えた後で言葉を呑み込んだように見えた。


 きっと、それ以上の追求は無為だと思ったのだろう。


 やれやれといった感じで頭を振ってから、代わりの言葉を続ける。


「今回の件に関しては何も咎めませんが、もし次も同じようなことが起きた場合、私も責任者としてそれなりの対応をしなければならなくなりますからね」


「分かってる、もう二度としねえよ!」


 男性が、大きな体を縮こまらせて約束する。


 正直、またやりそうだなと思ったりするが、まあ今は反省しているようだし俺がこれ以上とやかく言うことでもないだろう。


「柊さんも、あまり騒ぎを起こさないように」


「すみません。気を付けます」


 センター長がそう言って、俺も頭を下げた。


「では、今回の件に関してはこれで終わりということで」


 随分とあっさりしているが、センター長がそう締めの言葉を告げると、解散の空気を察した男性が早々に立ち上がって帰ろうとする仕草を見せた。


 その姿を見て、俺も立ち上がろうと腰を浮かせる。


「あ、柊さんはちょっと残ってもらえるかな」


 が、呼び止められた。


「え? あ、分かりました」


 何だろうと思いつつ、とりあえず腰を下ろす。


 そのやり取りを横目で見ていた男性が、「坊主、悪かったな……」と一言残して部屋から出ていった。


 意外と根は良い人なのかもな、と思ったが、さっきの粗暴な態度を思い出して、やっぱり許せない奴だと思い直す。



 ……さて、一体何を言われるのだろうか。


 残された俺がセンター長を見据えると、向こうも俺をじっと見つめてきた。


 かっちりとしたスーツを着て、お洒落な七三分けをした、いかにも仕事が出来そうなイケてるおじ様に見つめられて、俺が女性ならもしかしたら落ちてるかも知れないが……残念ながら俺は男だ。


 そんな気はないので無心でぼうっと見ていると、不意に、センター長がにやりと笑った。


 え……? 何の笑み……?


 ま、まさか本当にそっちのパターンかと焦るが、次の瞬間、俺は別の意味で驚愕することになる。



「君、凄いスキルを持ってるね」



 ……は?



 思考が止まる。


 言葉が、出てこない。



「スキ……え……?」


 どうにか絞り出した声も、声になっているのかどうか。


「ああ、ごめんごめん。急にこんなこと言ったら驚くよね」


 そんな俺を見て、センター長が軽く笑ってから種明かしをしてみせる。


「実は、私は"鑑定”のスキルを持っていてね」


 そこで、俺はハッと気付く。


「勝手に使ってしまって申し訳ないが、君の持ってるスキルを見せてもらったんだよ」


 ――鑑定スキル。


 もちろん知っている。特定の対象のあらゆる情報を読み取ることができるスキルだ。


 誰もが知っているようなスキルだが、レア中のレアスキルで持っている人は少ない。


「な、なるほど。そういうことですか……」


 何とか平静を取り繕うが、動揺は隠せない。


 ――見られた。秘密を知られてしまった。しかも、ダンジョンセンターの責任者に。


 冷や汗が流れ、自然と呼吸が荒くなる。


「落ち着いて、何も取って食ったりしないから」


 そんな俺の様子を見て、センター長がははっと笑う。


「スキルは個人情報だから、周りに言いふらすようなことはないし、私たちがどうこうするわけでもないよ」


「ほ、本当ですか……」


「本当だよ」と、センター長が頷く。


 信用してもいいのだろうか、嘘を付いているようには思えないけど。


「それにしても凄いスキルだね。私も今まで色んな人のスキルを見てきたが、こんな性能のスキルを見るのは初めてだ。というか、もはやスキルという概念を超えている気もするが……」


「確かに、スキルと言えるようなものじゃないですよね……」


「君も最初に自分のスキルを知った時はびっくりしたんじゃないかな?」


「はい、とても」


 そうだろうね、と言って再びセンター長が笑う。


 その柔和な笑顔には、悪意というものが一切ないように思えた。


 人を見る目があるわけではないけど、話していく内に、この人なら信用できるという気がしてきていた。


「ちなみに、これは個人的な興味で言いたくなかったら別にいいんだけど、そのニューゲームのスキルは一度でも使ったことはあるのかな?」


 だから、そう問われた時にはもう、俺はほとんど迷っていなかったと思う。


 リンさんに言われた言葉も、俺の心に強く残っていた。


 ――センターはきっとミクルさんの力になってくれるはずです。


 そうだ、むしろこれは良い機会なのかも。


 ここで話さなかったら、もうこの先誰にも話すことは出来ないだろうし、それに知られてしまった以上、ここで隠しておく意味もない。


 俺は一度深く呼吸をした後、覚悟を決めてあの日の出来事の全てを話すことにした。


「実は――」
















「凄い話だな……。蘇っただけではなく、まさかレイスのスキルを吸収しているだなんて」


「はい、凄い偶然ですよね……」


「偶然なのだろうか。私にはまるで、誰かが仕組んでいるかのようにも思えるが」


「誰かが仕組んでいる……?」


「ああ、いや。何の根拠のない個人的意見だから気にしないでくれ」


 そんなこと、考えたこともなかった。


 俺のスキルと死神との出会い、その全てが誰かの手によって操られているかも知れないだなんて。


 ありえなくはない、けれど。


 もしそうだとしたら、その目的は一体……。


「すまない。さっき誰にも話さないといったけど、個人名は伏せておくから、念のため上の方に伝えてもいいかな?」


「上の方?」


「つまり、ダンジョン庁のお偉いさんにもこういう事例があったと報告しておきたくてね。もしかしたら、それによって君の胸の痛みも解消出来るかも知れない」


「なるほど……」


 確かに、これほど珍しい事例であれば報告の必要性を感じるのは当然だろう。


 俺も話してしまったからには、もう後戻りすることは出来ない気もする。


 まあ個人的な情報を出さないのであれば大丈夫だろう、と俺は承諾することにした。


「そうですね。では、名前を伏せてくれるのであれば」


「ありがとう。もちろん、この報告によって君の周りの環境が変わることはないからね、どうか安心して欲しい」


「はい、よろしくお願いします」


 それからセンター長が手を差し出してきたので、俺も手を伸ばして握手を交わした。


「では話はこれで。また何か分かったことがあったらこちらから連絡させてもらうよ」


 言いながらセンター長が立ち上がる。


 俺も立ち上がって、センター長に見送られながら事務所を後にした。



 エントランスに行くとリンさんがいたので今の出来事を伝えると、やはりリンさんも、話をする良い機会だったと言ってくれた。


 それから、暴れてしまったことについて謝罪をすると、リンさんの方からも同じように謝罪とお礼が返ってきた。


 センターを出る頃にはとっくに日が落ちて、この後ダンジョンに行く予定だったけど、時間的にも行く気になれず今日は止めることにした。

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