Episode2
――足立ダンジョンセンター。
「ったく、ヤマトのやつ……やる気があるにもほどがあるだろ」
午前中で終わらせるはずだった稽古だが、ヤマトがあまりにもしつこくせがむため、センターに来るのが遅くなってしまった。
時刻は午後三時過ぎ。昼飯もまだ食べていない。
はあ、俺の貴重な時間と体力が……。
ぶつくさと言いながらセンターの入口をくぐると、ド派手な音楽と共に、やけに活気の良い女性の声が聞こえてきた。
音の大きさに驚きながらも声の出処を追ってみれば、どうやら天井から吊り下げられたモニターから発せられているようだと分かる。
『さあさあ、今年もやって参りました天下一無双会! 剣でも魔法でも何でもオッケー! あなたの鍛え上げられた強さを全国に見せつけよう!』
「天下一無双会……?」
すげー聞き覚えのあるような大会だ。
そのまま何となく聞いていると、どうやら去年に続いて今年で二回目の開催となるらしい。
割と大きな大会のようだが……去年の俺は色々とあって塞ぎ込んでいたため、やってることに気付かなかったのだろう。
「えーっと、各地区の予選を勝ち抜いたら決勝トーナメントに進めるのか。そんで決勝で勝ち上がった優勝者には……賞金一千万円っ!?」
とんでもない金額だった。
今欲しいと思ってるあれやこれやが全部買えてしまう。
「足立区の予選は八月二十五日からか……だいぶ先だな」
予選は此処、足立ダンジョンセンターで行われるらしい。
告知には早すぎる気もするが、それだけ力を入れて盛り上げたいということなのだろう。
今の俺の実力なら参加する資格もあるように思えるが……やっぱり色々と面倒そうだし、今回は見送った方が良い気がするな。
残念だけど仕方ないと、本来の目的であるエナジーの買取受付へと向かう。
すると、受付が見えてきたところで男性の怒号が聞こえてきた。
「ふざけんじゃねえ! 俺が間違ってるって言ってんのか!?」
……なんだ? トラブルか?
何やら嫌な予感を抱えながら近付いていくと、どうやら男性が受付に対してクレームを入れているようだった。
受付の女性が困った様子で対応していて、その女性をフォローするようにもう一人の女性――リンさんが男性の隣で話を聞いていた。
「大丈夫ですか?」
近付いて声をかけると、リンさんが振り返る。
「あ、ミクルさん! すみません、今ちょっと――」
しかし、そんなリンさんの声を掻き消すように、
「だからっ! 俺のエナジーがこんなに少ねぇわけねえだろうがっ!」
男性が再び声を上げ、受付のカウンターをドンッと叩いた。
「ですが、何度も言っている通り計測に間違いは御座いませんので……」
受付の女性が肩を震わせながら必死に諭そうとするが、それでも男性の怒りは収まらない。
「何回でも測り直せ! 俺の稼いだエナジーがたった1200ぽっちなわけねえんだからよお!」
……なるほど、そういうことか。
恐らく、自分が思っていたよりエナジーの計測値が少なくて文句を言っているのだろう。
だが受付のお姉さんも言っている通り、計測器が壊れるなんてことは早々ないはず。
スキンヘッドにタンクトップという、如何にもガラの悪そうな格好をしているが、ただ、いちゃもんを付けたいようにしか思えない。
というか、冒険者ライセンスの方で数値を確認すれば、計測がズレているかどうか分かるはずなのだが。
「あの、ですので冒険者ライセンスの方で数値を確認すれば分かると思うのですが……」
リンさんも分かっていたようで、男性に冒険者ライセンスを確認するようにと促す。
「よければ、私が見ましょうか」
さらにそう言って男性の方へ一歩近付いた――その時。
「うるせえ! そんなもんは確認しなくても分かるんだよっ!」
男性が怒鳴りながら右手を上げてリンさんを押し飛ばした。
後ろに飛ばされたリンさんが短く悲鳴を上げ、何とか倒れずには済んだが苦しそうに顔を歪める。
そして、男性が吐き捨てるかのように言った。
「クソ女が、気持ち悪りぃ目しやがって」
その瞬間、全身の血がカッと熱くなるのを感じた。
「おい」
発していたのは、自分でも驚くほど低い声。
「いい加減にしろ、こんなところで喚いて情けないと思わないのか?」
正直今すぐにでも殴り飛ばしたかったが、リンさんが隣で心配そうな表情をしているのを見て、どうにか思いとどまった。
「ああ? なんだてめぇ、文句あんのか?」
変わらず男性が荒々しい声を上げるが、しかしそれ以上に今の俺の心は荒れている。
「どうせお前が弱すぎてゴブリンばっか倒してるからそんな数値になってんだろ」
そんな煽り文句が、すらすらと飛び出すほどに。
「言ってくれんじゃねえか雑魚が……。あんま調子に乗ってんじゃねえぞ」
そして、
「雑魚はゴブリンしか倒せないお前だろ」
俺がそう言った瞬間――
「こんのクソガキがぁああああ!」
こめかみに青筋を立てた男性が、絶叫しながら俺に向かって右腕をフルスイングしてきた。
咄嗟にリンさんと受付の女性が悲鳴を上げる、が――
――遅過ぎる。
振り下ろされた右腕を目で追いながら、俺は上半身を逸らして躱した。
一瞬意外そうな顔をした男性だったが、すぐに右腕を引いて今度は左手で殴り付けてくる。
しかしそれも余裕で躱すと、さらに男性の怒りのスイッチが入ったようで両手のラッシュが飛んできた。
それも軽く避けながら、ああ、やってしまった、と俺の心の中に自省の念が浮かぶ。
――ついカッとなってしまった。もっと落ち着いて話せば良かったのに……。
しかしそう思う一方で、リンさんにあんな暴言を吐いたのだから当然の対応のようにも思う。
むしろ、よく抑えられた方かも知れない。
男性が必死に拳を振り回す姿を見て、徐々に熱も冷めてくる。
今の俺には相手の動きがスローに見えていた。
日々の訓練の成果により、体の中を流れる魔気を活性化させ、身体能力を上げることが可能となっていた。
力も、俊敏性も、動体視力も何もかもが素の状態とは比べ物にならないほど上昇している。
しばらくそのまま避け続けていると、やがて男性のラッシュが止まる。
「はあ……はあ……この野郎、ちょこまかと……」
息を荒げた男性が、膝に手をつきながら言った。
俺としてはこのまま諦めてくれることを願いたいのだが、残念ながら男性はまだまだやる気のようだ。
「はっ……! おもしれぇじゃねえか! どうやら俺の本気が見てえようだなあ……!」
見たくはない、が断る隙もないらしい。
男性の、うおおおおおおおおっ!! という雄叫びと共にその風貌が変化してゆく。
体は一回り大きくなり、全身を覆うように黄色の体毛が生え、そこに黒の縞模様が入る。
眼光鋭く、手の爪が鋭利に伸びるその姿はまるで――二足歩行する虎のようだった。
「獣化スキルっ!? こんなところで使うなんてっ!」
受付の女性が驚愕の声を上げる。
獣化スキル――実在する動物や伝承上の生物の姿に変身して戦闘力を上げるスキルだ。
男性の場合は虎人間に変身するスキルなのだろう。
「がぁぁあああ……! この姿になると手加減は出来ねえからな! 覚悟しやがれクソガキがァ!」
まさに獣のような唸りを上げ、再びラッシュを叩き込んできた。
だが、それでも遅い。
まだ目で見てから躱す程度の余裕がある。
「ちょっと、止めてくださいっ!」
「私、誰か呼んできます!」
受付の女性が制止するように呼びかけ、リンさんが助けを呼びに駆けて行った。
――さて、どうしよう……。
このまま避け続けてもいいが、魔気による身体能力の向上は魔力の消費が大きいため、なるべくなら早く終わらせたい。
少しだけ反撃してみるか?
相手も獣化スキルを使っているんだし、俺が攻撃してもいいはずだ。
向こうの防御力も上がっていて、並の攻撃では傷一つ付かないだろうから、ある程度魔気で強化して殴っても大丈夫だろう。
よし、じゃあとりあえず一発。
相手が右腕を振り下ろしてきたのに合わせて、屈んで懐に入り込む。
そして右手の魔気を強化して、アッパー気味に相手の腹部にパンチを放った。
「あ……」
俺としては三割ぐらいの力加減だったのだが。
「ぐわああああああああああっ!!」
と、男性が弧を描いて数十mほど吹き飛び、ドガンッと盛大な音を立てて壁に激突し、そのままピクリとも動かなくなってしまった。
「うわっ、やっべ……」
力が上がるのは分かっていたが、まさかここまでだなんて。
人で試す前にまず魔物で試せば良かったと、今さら後悔してしまう。
てか、あの人死んでないよな……?
怒りが一気に引いて、焦りが募る。
音を聞いた周りの人たちの注目が一斉にこちらへ集まり、壁に激突した人の元へも何人かが駆け寄っていた。
「えーっと、どうしよう……?」
そのまま困惑して立ち尽くす俺の方へ、リンさんが誰かを連れて戻ってくるのが見えた。
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